骸雲 | ナノ

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- 雲散霧消 -


手を伸ばしたのに、僕の指先には何も当たらなかった。不思議に思って上半身ををゆっくりと起こすと、隣で眠っていた恭弥はぼうっとベッドの上に座って暗闇を見つめていた。彼の程よく筋肉の付いた腕に触れると、長い時間外気に当たっていたせいか、ひんやりと冷たくなっていた。僕は体を彼の方に向けて割と力を込めて抱きしめた。


「何かありましたか?」

「………ううん。」


カーテンをしていない窓から届く薄明るい光が彼を照らし、力無く小さな声で首を横に振った彼の表情が曇っているように僕は見えた。抱きしめる腕により力を込める。


「隠さないでください。」

「………………時々に不安になるんだ。」

「例えば…?」

「本当は僕は弱いから、このまま結婚したら僕のせいで骸の命が狙われたり、骸にたくさん迷惑をかけてしまうんじゃないかって思ってしまうんだ。」


彼の声は震え、頬を伝う涙が暗闇の中で光を反射した。その涙は、僕が初めて目にした彼の涙だった。強がりで意地っ張りな雲雀恭弥はいつも完璧で、僕に対してでさえ弱みを見せようとしない。もしその原因が僕にあるとしたら、僕が彼を想うがあまりに完璧を演じていることがかえって彼を苦しめているとしたら、僕はなんて浅はかで愚かなんだろうか。彼の考えるどんな不安であろうが、僕は一生彼を守ると誓ったのに。そんな自分が彼を不安にさせていたなんて考えもしなかった。
僕は指先で彼の頬を伝う涙を拭い、その頬にそっと唇を重ねてキスをした。そしてそのまま彼が自分の腕のなかに丸く収まるように抱きしめた。


「何も心配しなくて良いんですよ。」

「骸…」

「そうやって君が、弱い所をしっかりと見せてくれることが僕はとても嬉しいです。」

「っ、てっきり嫌われたかと思った。」

「クフフ、じゃあ今度は僕の不完全な所も受け止めてくれますか?」


彼は長い睫に付いていた涙の雫を払いって、君に不完全な部分なんてあるの?、と僕を見て笑った。孤高の浮雲と恐れられる彼が、僕に時折見せる柔らかな笑顔が僕の胸を苦しくさせる。そんな時の僕の顔は、きっと頬が赤くなってしまって完璧な状態ではないはずだ。彼はそんな僕を見て、少し視線を外して何か考え事をしているように、目を細めて窓の方を見つめていた。


「恭弥……?」


こちらを向いたかと思うと、僕の腕の中からすくっと顔を上げて彼は僕にキスをした。突然の出来事に不意をつかれた僕はさっきよりも顔が熱くなって、ただただ彼の黒い瞳を見つめることしか出来なかった。


「僕もそんな不完全な骸でも好きだよ。」


言い終わると同時に彼は僕の背中に腕を回し、僕の胸にきつく顔をうずめた。きっと彼の額にうるさいくらい僕の心臓の鼓動が響いているだろう。そう考えると、なんだかくすぐったくて暖かい不思議な気持ちに包まれた。一方自分の腕の中を上から見下ろすと、彼は彼で耳を真っ赤にさせていた。僕はそんな雲雀恭弥がたまらなく好きで仕方なくて死んでしまいそうになる。でも死ぬわけにはいかないので、代わりにさっきよりももっときつく腕の中の彼を抱きしめた。どこにも行かないように、見失わないように、幸せが零れていかないように、きつくきつく抱きしめた。
窓から差し込んでいた薄明かりは、いつしか金色の朝日となって僕たちに暖かく降り注いでいた。





雲散霧消

まとわりついていた靄のような不安は、朝日に照らされたと同時に跡形もなく消えてしまった。
























10/8/31
*for 2010mkhbさま

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