- 絶望 -
連絡を受けて急いで駆けつけてみれば、彼はすやすやと気持ちよさそうに眠っていました。表情はとても穏やかで、任務に出かける前にいってらっしゃい、と目を細めて僕に微笑んでくれた時と同じ優しい表情で眠っていました。
絶望
「跳馬、何故僕をここに呼んだのですか?」
僕は恭弥の眠るベッドの側にしゃがみ込んで、少し細めのふわふわとした黒髪を指で掬って撫でた。葉が落ちる音でも目を覚ます恭弥のことだ、いつもなら触れるだけですぐに目を覚まし僕の手を掴むはずなのに今日は眠ったままだった。もしかしたら相当疲れが溜まっているのかもしれない。
跳馬は視線を僕から外して、自分の握り拳に落とした。しばらくの沈黙が続く。僕はその間も恭弥の丸い頭や柔らかい頬を撫でたが恭弥が起き上がることはなかった。静かな部屋で聞こえるのは恭弥の寝息だけ。僕も跳馬も何も喋らない。跳馬だけは喋ろうとしない、と言った方が相応しいだろう。
その沈黙を破るかのように、病室の入り口のドアがゆっくりとスライドし、白衣を身にまとった中年の男性が部屋に入ってきた。シャマルだ。コツコツと床を叩く靴の音でさえも、この沈黙の部屋には不愉快なもののように感じられる。
「骸、話は聞いたか?」
シャマルは恭弥の眠るベッドの側まで来ると、僕には視線を向けず眠っている恭弥を見ながらゆっくりと口を開いた。
「いえ……なにも。」
僕は俯いたままの跳馬を見ながら答えた。
「………恭弥は死んだ。」
シャマルがそう告げたと同時に跳馬の頬を涙が伝った。そして小さな水滴が足元にいくつか零れ落ちた。僕はシャマルの言っていることも、跳馬の涙も全く理解出来なかった。恭弥が死んだ?じゃあここで心臓を動かして息をして眠るこの人間はいったい誰だというのか。
僕が跳馬から恭弥に視線を移すと、ようやく跳馬が口を開いた。
「恭弥は脳死したんだ、骸。」
僕の心臓はどくん、と1回大きく鼓動した。全身の血がざわついて、まるでどこか高い場所から突き落とされたような気分だ。脳死となれば確かに眠ったまま反応のない恭弥の説明がつく。でもどうして恭弥が脳死したのだろうか?
跳馬やシャマルになぜ恭弥が脳死したのかを尋ねようとするも、口からは言葉のなり損ないばかりが出てきた。僕はこれからどうやって生きていこうか。
10/8/11