骸雲 | ナノ

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- 死神と鵞鳥の番人 -


※童話パロディ








昔々、それは貧しいガチョウ飼いのキョーヤという男がいた。彼の目に映るこの世の物は全てがつまらなく、色あせて埃を被ったようだった。



死神と鵞鳥の番人



キョーヤはボロボロのシャツにつま先に穴の開いた靴を履いて、川の畔へとやってきた。キョーヤには新しい服や靴を買うお金がない。食べるものも十分に買うことができず、キョーヤは男であるにも関わらずいつも痩せて細い体をしていた。もちろんそんな生活のキョーヤはガチョウにも十分餌をやることができず、生計を立てるためのガチョウはただの金喰い虫にしかならなかった。そしてますますキョーヤの生活は苦しくなった。負の連鎖である。
キョーヤは満たされない空腹を気にしないよう、何も考えずにただぼうっと川の流れを見つめた。


「あ…」


ふと顔を上げると、そこには今までに見たこともない、この世の者とは思えないほど美しい男がいた。キョーヤの色あせた視界の中で、その男だけがはっきりと映っていた。男は高価な黒い布と糸で出来たしわ一つない洋服に身を包んでいた。


「君はここで何をしているの?」


人と話すことがもう数ヶ月ぶり故に、キョーヤは自分の声がおかしくなっていないか気を配りながら男に尋ねた。


「僕は死神という仕事をしています。この川の向こうには別の世界があるのですよ。」


死神と名乗るこの男の声は、今までろくな音しか聞いてこなかったキョーヤの耳にはとても刺激的で甘美なものであり、キョーヤは一瞬にして彼に恋をした。


「ふうん。で、どんな仕事をするの?」


キョーヤは死神の肩と自分の肩が触れるか触れないかの距離にまで近寄り、自分より背の高い死神の顔を見上げた。よく見ると死神は両目の色が左右異なっている。右が赤で左が青。しばらくすると、死神はゆっくりとキョーヤと目を合わせた。キョーヤは魂が吸い取られているのではないかと錯覚するくらい心臓が早く動いてる。


「死ぬ予定の人間をこの川に入れて、向こう岸まで泳がせるんです。当然死ぬ予定の人間だ、みんな向こう岸につく前に溺れ死んでしまう。」


心臓が早く動き過ぎて爆発しそうなキョーヤを見つめていた死神は、キョーヤの唇に自らの唇を重ねた。唇から伝わる氷の様な冷たさはキョーヤの全身を支配し、キョーヤは死神が欲しくて欲しくてたまらなくなった。


「ねぇ、僕を一緒に連れて行って…。僕はこの世界が嫌いなんだ。」

「くふふ、あなたはまだ死ぬべき人間ではありませんよ。」


死神はキョーヤの指に自分の指を絡めて怪しく微笑んだ。死神の目にもキョーヤが美しく映っていた。いつしか死神もキョーヤが欲しくて欲しくてたまらなかった。


「では、僕の仕事が全て片付くまで待って下さいませんか?」


死神はもう一度キョーヤにキスをして煙のように跡形もなく姿を消した。ぺたん、と屍のように倒れ込むキョーヤ。ガチョウがキョーヤに餌をくれとやかましく鳴いている。



キョーヤはあの日から一度も家に帰らず、ずっと川の畔で死神を待ち続けた。死神の触れた唇や指先を何度も何度も自ら愛おしそうに撫で回す。あれほどやかましかったガチョウは、餌を貰えないで力尽きたのか、ようやく静かになった。
やがてキョーヤも力尽きて体が動かなくなり、ガチョウと同じように川の畔にぐったりと寝転んだ。それでも、もうすぐこの世界とおさらばできることと死神に会えることを考えれば、不思議とそう辛くはなかった。
そしてさらにしばらく経ったある日、もうほとんど霞んで何も映さなくなったキョーヤの視界に眩い光が差し込んだ。死神のお出ましである。

死神は優しくキョーヤを抱き抱え、痩せこけた頬にキスをした。そしてキョーヤとガチョウを川の中にそっと入れる。


「お待たせしてごめんなさい。」


キョーヤの耳に死神の声が届いた。キョーヤはこれで死ぬことができると、脱力して川の底へ沈んでいったのだが突如自分の意に反して水面へ浮上した。体中から力がみなぎる。
ボロボロの服はまるで王様が着るような立派なものへと変わり、痩せ過ぎた体には筋肉が戻ってきた。そして、やかましいガチョウは美しい毛の羊へと変化した。死神はキョーヤの手を引いて向こう岸へと案内した。キョーヤは何がなんだかさっぱりだった。


「僕、どうなるの?」

「お帰りなさい。」


死神は川岸にたどり着くや否や、キョーヤをきつく抱きしめた。キョーヤの頬はみるみるうちに赤くなる。


「いったいどういうこと?」

「あなたは、こちらの世界の王なんです。」


死神はキョーヤに何度も熱い口づけをして、キョーヤに好きだと伝えた。キョーヤはもう半ばパニックになりかけたが、大好きな死神に愛されている自分がくすぐったくて幸せだったので、今は考えないことにした。
すると四方八方から数々の王たちが集まってきて、死神とキョーヤを祝福し、キョーヤに王冠を与えた。おそらく僕は以前、ここの王であり死神の恋人だったのだろう、とキョーヤはようやく理解した。


「ただいま。」


それからキョーヤは、死神と末永く幸せに暮らしたとさ。






















10/5/24
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