骸雲 | ナノ

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- Already Over -


もうすぐで、骸と待ち合わせをしている駅についてしまう。仕事でつかれきった足のおかげで駅までゆっくり歩けると思っていたのに、足はすたすたと信じられないくらいスムーズに前へ前へと進んでいった。
本当はこのまま約束をすっぽかして、あとで骸に仕事が忙しくて行けなかった、と連絡したかった。今日の朝までは本当にそうしようとしていたのに、なんだかそれでは骸と二度と会えなくなるような気がして、僕は会社からまっすぐ約束の駅へと向かっている。
夕日で長く伸びた僕の影はどこか悲しそうで、昼間と比べて涼しくなった風が上着の間をすり抜けて寒さで体が少し震える。骸に抱きしめられている幸せな自分を想像したけれども、体が温まることはなかった。オレンジの夕日が僕を照らしているけれどただただ影が伸びるだけで、体が温まることはなかった。

駅の中は家に帰る人で溢れかえり、僕の苦手な群となっていた。こんなにもたくさん人がいて、なかには僕と気が合う人がいるかもしれないが、僕はやっぱり骸じゃなきゃだめなんだろうなあと思う。たとえ骸と同じような人がいても、骸じゃなきゃ僕は満たされないに決まってる。
それでも僕の足は骸の元へと先を急いだ。






「ごめん、待った?」

「僕もさっき来たところです。」


嘘ばっかり。さっき来たばかりなら、僕みたいに寒さで血色の悪い顔になっているはずなのに、骸は血色の良い顔をしている。今日はいつもより外は寒い。そんな優しさも、気づかいも、全部全部僕は大好きなのに。


「話って…」

「別れましょう。」


骸の口からは僕の予想通りの言葉が出てきた。骸は僕の両手をきゅっと握り、あなたもわかっているでしょう?と僕に問いかけた。
たしかに僕も、お互いの関係がもろくなりつつあることは薄々気がついていた。それでももう一度昔みたいに戻りたくていろいろ考えてみたけれど、僕の頭から良い案が出てくることはなく、僕は何度も一人で涙した。


「僕がここにいても、君を泣かせてしまうだけです。もう君の泣いて腫れた目を見るのはつらいんです。」


僕はもう頭の中が空っぽになり、なにも考えられなくて言葉が出て来なかった。骸の顔も見れなくて、ちょうど目線の先にあった骸のスーツの襟をただぼうっと見つめることしかできなかった。握られたままの両手から骸の熱が伝わり、ようやく寒さがやわらいだが、僕はもうそんなことどうでもよかった。もう目の前にいるこの人間は僕だけのものじゃないし、僕はこの人間の特別じゃなくなってしまったということが、とてつもなく悲しかった。


「僕、イタリアに帰ります。」


言葉の出ない僕に、骸は僕の手を握ったまま淡々と話しかけている。


「ちょうどイタリアにある本社への異動が決まって、それでもうあっちでずっと仕事をすることになったんです。だから日本にはもう……」


うつむきかけた首を上げて、僕は骸に微笑んだ。


「僕もなんとなくもう終わりかなって思ってた。…帰っちゃうんだね、骸。」


握られた両手を骸の手から抜き取り、僕は上着のポケットをまさぐった。指先がこつん、と棒状の金属に当たり、それを抜き取って今まで僕の両手が握られていた骸の手の中にそっと丁寧に戻した。


「さようなら。」

「さようなら。」


僕たちは軽く会釈をしたあと、別々の方向へと歩き出した。不思議と涙は出なかった。僕は一度だけ振り返り、もう二度と会うことのないであろう彼の背中に向かって一言、ありがとう、と呟いた。駅の外は、もう日の光で影が出来ないくらい日が暮れており、かわりに街を彩るネオンが僕の影を作った。影は夕方と比べて短くなっていた。



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10/3/25
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