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- 君にアイリスを -

(大学卒業後の真遙と高校生の凛の話。)


朝が来る。目覚ましが鳴る。遙は目覚ましが鳴る前に起きている。真琴は目覚ましが鳴ったあとに、うーん、と眠たそうに唸ってから起きる。遙はおはようの代わりに、真琴起きたか?と声をかけ、真琴はそれにおはようはる、と答えて遙の頬に軽くキスをする。

遙が風呂場で水に浸かり、そのあと朝食の準備をする間に、真琴は一階に降りて開店の準備をする。そうして岩鳶で今も二人は一緒に生活している。高校の時と違うことは、二人は幼馴染という関係を飛び越えたことと、同じ家で同じベッドで眠っているということ。




遙が水泳の推薦で東京の大学に行くつもりだと分かってから、真琴は必死で勉強した。遙の進学先の大学に一般入試で入学することは並大抵のことではないが、真琴はとにかく遙と同じ大学に行くことを目指して、必死で勉強して、そして晴れて二人は合格して同じ大学に進学した。

真琴が二人でルームシェアをしたいと遙に提案すると遙はすんなりと了承し、それぞれの両親にも相談すると、これまたすんなりと、いや、寧ろ喜んでルームシェアを承諾してくれた。
それから二人は同じ大学に通い、同じ部屋で暮らし、いつしか二人は自然な成り行きで恋人同士になり、四年を経て卒業後、地元の岩鳶へと戻ってきた。そしてひょんなことから二人で花屋を営むこととなったのだ。




「やっぱり平日はお客さん少ないから少しのんびり仕事できるね。」

花に霧吹きで水をやる遙に真琴が声をかける。遙はそうだな、と答えながら今度は花ではなく自分の手に霧吹きの水をかけていた。

「今日は配達ないのか?」
「うん、ないよ。たしか明日はフラワーアレンジメントの教室へ配達行かなきゃいけないけど…」
「そうか、じゃあ今日は二人で店番できるな。」

遙は恥ずかしそうに、だけどどこか嬉しそうに真琴の方へ近づいて真琴の手を握りながらそう言った。
大学時代に同居していたとはいえ、遙は部活で忙しかったし、二人とも学部やバイト先が違ってたりで、なかなか二人の時間がとれていなかったことと、こうやって二人で生活しながら花屋を始めてからまだそんなに経っていないため、二人は毎日新婚夫婦のような甘ったるくて幸せな生活を楽しんでいた。

「はる、可愛すぎるよ…。」

真琴は顔を真っ赤にして困ったように眉を下げて、自分の手を握っている遙を引き寄せてキスをした…その瞬間、

「うわあっ!」

遙でも真琴でもない驚いた声が店内に響いた。二人が振り向くと、そこには一人の男子高校生が立っていた。来客が少ないといえども店内でキスをしてしまうなんて本当に迂闊だったと思いつつも、とりあえずこの状況をなんとかすべく、二人はさっと距離を置いて、真琴が営業スマイルを作って咄嗟に対応した。

「い、いらっしゃいませ…。」

どことなくぎこちない言い方に遙は笑いそうになったが我慢した。

「あ、え、えっと……白い花を…なんでもいいので、一輪お願いします。」

少年は遙と真琴を交互に見ながらなんとかそう言った。真琴と少年が会計のやり取りをしている間に遙は花を用意し、それを受け取ると少年はそそくさと店をあとにした。

「はぁ…気まずかった……。」
「まったく…真琴のばか。」
「うわっ、はる重たいよー!」

うなだれている真琴の背中に遙がのしかかる。そうすることで遙はキスを見られた気まずさを紛らわせた。

「それにしても、あのジャージは水泳の名門の鮫柄のジャージだったね、あの子も水泳やってるのかなぁ。」
「さあね。」






それから月に何度かその少年は店を訪れるようになった。毎回決まって白い花を一輪買っていった。いつからか、真琴が少年に水泳をやっているのかと質問して、少年がそうだと答えた辺りから、二人は少年に話しかけるようになった。ぶっきらぼうな少年は、少し迷惑そうにしながらも二人と交流を持つようになった。そして偶然にも、少年の名前は凛という、真琴や遙と同様に女の子のような名前だった。
三人はよく水泳の話をした。凛も水泳の話になると心なしか少し表情が柔らかくなっているように思われた。凛が自分のタイムを話すと、決まって遙が、俺の方が速かったとか凛はまだまだだとか、凛を煽るようなことばかりを言うので、いつしか凛は遙をライバル視し、遙の高校時代のタイムを抜くことを目標にしていた。また、遙と真琴のキスシーンを一度見てしまって、二人の関係を知っている凛は、時々二人にきわどい質問を投げかけてくるので、遙はそんな凛のことを、分かっててそういうことを聞いてくるなんて意地が悪いやつだ、とよく言っていた。




「今月もそろそろ凛が来る頃じゃないかな?」
「…俺にいちいち張り合ってくるから鬱陶しい。」
「それははるが凛を煽るような言い方するからだよー。」
「………。」
「あ、噂をすれば凛だ!いらっしゃいませー。いつもの白い花でいいかな?」
「お願いします。…あ、はる!こないだの大会で俺、はるの記録まであと少しだったんだぞ!」
「なんで真琴には敬語で俺にはタメ口なんだ…。」

賑やかに話し始める凛と、それをめんどくさそうだけどどこか興味があるようなかんじで応答する遙の温度差が面白くて、真琴はそんな二人をにこにこ眺めながら凛の花を用意した。凛が去ったあと、真琴は遙に店番を頼んで配達に出かけた。


花を届けて、そこから少し離れた所に停めておいた車に戻ろうとしたとき、ふと真琴の目に見慣れたジャージを着た少年の姿が映った。凛だ。声をかけようと近づいていくと、凛がある墓の前にさっき真琴たちの店で買った花を置くのが見えた。凛が小さな声で、親父……とつぶやくのが聞こえた。


真琴はなんとなく凛に声をかけられず、そのまま店へと戻った。そしてその日の晩、夕食を食べながらそんな凛のことを遙に話した。

「ちょっと意地悪なところもあるけど、凛は本当は優しい子なんだよ。」
「………。」

遙は何も言わず、真琴の作ったカレーをスプーンでかき混ぜた。遙の父親は死んでしまったわけではないが、遙も真琴のように父親がいつもそばにいる生活を送っていたわけではない。その点、少しは凛のことを理解してやれるような気がした。
あんな風に俺と張り合いたがるのも、俺たちに時々意地の悪い質問をしてくることも、そこには凛なりに俺たちに対する親しみや優しさがあったからだと遙は知っている。それを真琴に伝えようとしたが、遙は何も言わず、今度はカレーを掬って口へと運んだ。真琴は遙の言いたいことが分かったのか、そんなことはるも分かってるよね、と言って微笑んだ。





またしばらくして、凛が店にやってきた。いつも通り他愛ない話をして、凛がいつもの花を受け取って会計を済ませて店を出ようとしたとき、遙が凛を呼び止めた。

「これ」

一言そう言って、遙は一輪の花を凛に差し出した。凛は、この花は頼んでねぇよ、と不思議そうにその花と遙と真琴を順番に見渡した。

「その花、アイリスっていうんだ。昨日その花が凛にぴったりだねってはると話してて…だから、俺たちからのプレゼントだと思って受け取ってよ、ね?」

真琴は凛に優しく微笑んだ。凛がありがとう、と素直に遙の手からその花を受け取った。普段無愛想な遙も凛に対して優しく微笑んだ。凛は店を出る時に、今日のゲイカップルはやけに変だな!と遙と真琴の方へ振り返って、嬉しそうに笑いながらそう言った。変とはなんだ、と遙はまたいつもの表情で凛の背中に向かってそう言った。真琴はそんな遙の手を握って、その頬に優しいキスをした。





2013/10/28
アイリスの花言葉:優しい心


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