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- 守るから -

まだ俺と真琴が幼かった頃、真琴は怖がりで俺よりも泣き虫だった。
真琴は今では俺よりもひとまわりもふたまわりも大きいくらいだが、幼い頃は俺とあまり変わらないくらいだったし、むしろ俺よりも真琴の方が小さい時期だってあった。

真琴はいつも俺の後ろにくっついていて、何かあったらすぐに、はるちゃんはるちゃんと俺を呼んでいた。
俺はあまり他人に関心を持たないタイプではあるが、なぜか幼い頃からそんな真琴を気にかけてやらなくてはいけないと思っていた。俺が真琴を守ってやらなければならないと思っていた。

幼稚園にお泊まりする行事があったとき、昼間はあんなにはるちゃんはるちゃんと俺の手を引っ張ってはしゃいでた真琴は、夜寝る時刻が迫ってくると急に大人しくなった。そして先生が電気を消して周りのみんなが寝静まった頃、ほんとに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声ではるちゃん…という真琴の声が聞こえた。目を開けて向かい合って寝ていた真琴の顔を見ると、窓から入る月光に真琴の顔が照らされて、真琴が目に涙を浮かべているのが分かった。怯えたような顔をした真琴を心配する気持ちと、そんな真琴を愛しく思う気持ちが、幼いながらにも俺の中に沸き起こった。
俺は真琴の手を握り、そして真琴の布団の中へと潜り込んだ。真琴は目を細めて微かに微笑んだ。目に涙が溜まっていたせいで、細めた目からは涙がぽろぽろと零れた。これからも真琴が困った時や悲しい時には俺が支えてやろうと俺は心の中で小さく誓った。


俺と真琴は小学生になり、学年が上がっていくごとに真琴は俺よりも大きくなっていった。それに比例して、真琴は小さかった頃よりも強くたくましくなった。
小学生になったことと、二人でスイミングスクールに通い始めたこととで、俺は多くの人と接することが増えた。口下手な俺をいつも真琴が支えてくれた。そのおかげか、わりと俺は周囲の真琴以外の友達と上手くやっていけた。真琴とは歳を重ねるごとに一緒に過ごす時間が増えて、口に出さなくても互いに理解し合えるようになっていた。

真琴はすっかり、俺なしでなんでも出来るようになっていることに気がついた。真琴を見ていても、俺が手を貸さなければならないと感じることはほとんどなくなっていた。俺はそれが寂しかった。真琴は一人でだって平気で、俺だけが真琴のことを想っているような気がして、いてもたってもいられないような気持ちになった。
いつか真琴だって小さい頃のように臆病じゃなくなる日が来ると分かっていたし、俺が守ってやらなくても大丈夫な時が来ても俺は平気だと思っていた。なのに俺は真琴が遠くに行ってしまったような気がして不安だった。全然平気でいられなかった。
そのせいか、俺は真琴を避けるようになった。半ば喧嘩しているようなかんじになった。俺にとっての真琴は水と同じくらい自然で、なくてはならない大切な存在だったから、真琴とこんなふうに喧嘩みたいなことをしてしまうのは初めてだった。


「はるちゃん、なんで俺を避けるの?」
「…避けてない。」
「俺がはるちゃんを守るから…だから、俺はずっとはるちゃんのそばにいたい。俺ははるちゃんを置いてどこかにいったりしないよ。」


真琴は俺が考え込んでいたことをなんとなく理解していたようで、俺の肩に手を置いてまっすぐ俺の目を見てそう言った。
そして俺はいつしか真琴を守る存在から真琴に守られる存在になっていることに気がついた。俺が真琴を守るのに…俺はそんなに弱くない……と少し反発したい気持ちもあったが、何よりも真琴も俺が真琴を想うのと同じように俺のことを想っていることが嬉しかった。

「真琴の気持ちが分かったから俺は安心した。俺もずっと真琴のそばにいる。お前が俺を守るのなら、俺がお前を守ってやる。」





そしてずいぶんと長い時間が経った。俺と真琴は高校二年生になった。水泳部を立ち上げてから、俺は以前に比べると率先して行動したり、周りの人のことを考えられるようになった。俺は一人で出来るようになったことが増えた。そして、ふと、真琴に目を向けると、真琴はあの頃の俺と同じ目をしていた。真琴の気持ちがはっきりと俺には分かった。そして、あの頃の俺みたいに、真琴が俺を避けてどこかへ行ってしまったら、そんなことは、俺は絶対に嫌だと思った。考えるだけで胸が苦しくなるほどに。



「真琴、小学生の時に俺が言ったこと覚えてるか?」

二人きりの帰り道、ここ最近口数の少なくなっていた真琴に俺は唐突に質問した。真琴は一瞬だけほんの少し困った顔をして、いきなり何なのはる?と小さく笑った。そのあと、下を向きながら真琴は、忘れるわけないよ…とつぶやいた。

「今も俺の気持ちは変わらない。たとえ俺が成長したとしても、俺の不完全な部分を真琴に補ってほしいし、俺も今でも真琴が困った時は真琴の支えになりたい。」

真琴は顔を上げて俺を見つめた。その顔は真剣で、でも頬が赤らんでいて、俺はそんな真琴の顔が好きだなぁと思った。

「だから…だから、心配するな。俺はお前を置いてどこにも行かない。」

俺がそう言い終わるか終わらないかというタイミングで、真琴は俺を抱きしめた。俺はごく自然に真琴の背中に手をまわした。しかし、こうやって抱き合うことなんて今までにもあったはずなのに、さっき見た真琴の赤くなった顔のように俺の顔は熱くなっていた。真琴の身体、真琴のにおい、真琴の息づかい、真琴の心臓の音、そういった真琴の全部が俺の胸をしめつけた。でもそのしめつけはどこか幸せで心地よいものだった。ああ、これが好きっていう気持ちなんだろうなぁ、と俺は思った。それは俺にとって初めて抱く感情だった。

「はる…俺もずっとはると同じ気持ちだよ。……つまり、その、はるのその気持ちは、俺がはるに抱いてる気持ちと同じだと思っていいのかな…?」
「それは、つまり…」
「好きだよ、遙。」

俺が話している途中で、真琴は俺の名前を呼んで俺をさらに強く抱きしめた。こんなに自分が幸せだと感じたことがないくらいに幸せな気持ちになった。俺はもう不安にはならないし、真琴を不安にもさせない。俺も真琴の背中にまわした腕に力を込めた。


「俺も真琴が好きだ。」





2013/10/26


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