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- この胸をしめつけるのは -

「このホテルまでお願いします。」

そう言って俺はタクシーの運転手に、ビジネスホテルまでの地図が印刷された紙を渡した。






好きだと伝えなくても、このまま真琴のそばに居続けて、この柔らかな幸せが続いてほしいと俺は思っていた。
俺が真琴の手を焼かせるのも、真琴を困らせるのも、全部真琴にそばにいてほしいから。いつだって、俺が「真琴」と呼べばすぐそこに真琴がいた。真琴が「はる」と呼べばすぐそこに俺がいた。


真琴が俺の家に泊まるとき、あるいは俺が真琴の家に泊まるとき、俺は何度か寝ている真琴にこっそりとキスをしたことがある。真琴は俺の考えることはなんでも分かるはずなのに、こういう俺の気持ちには気づかない。いや、気づかないふりをしているようだった、と俺は思っている。本当はキスだって気づいているのかもしれない。


「起きろ、真琴」

勝手にキスをした後、俺は真琴を揺り起こした。真琴はやはり起きていたのか、すぐに起き上がった。

「俺が何したか分かってるんだろ。」

真琴は俯いて何も言わなかった。俺は真琴の顔まで自分の顔を近づけて、またキスをした。

「だめだよ、はる。」

真琴は顔を背けて、俺を軽く押し返した。そしてまたベッドに寝転んだ。ほら、やっぱり、真琴にとっての俺はあくまで大切な幼馴染でしかないのだ。
こんなことが何度かあっても、真琴はいつも通りだった。部活でも、教室でも、二人きりの帰り道でも。俺の行動が原因で俺たちの関係が壊れてもおかしくないのに、真琴は優しいから、俺たちの関係を壊さずに大切にしてくれた。俺が真琴とこういうふうに一緒にいたいことを、真琴はどうやら分かっているようだ。でも、俺がその関係を壊すリスクを犯してまでして一線を越えようとしても、真琴はそれを受け入れてはくれなかった。俺は真琴と一緒にいることで、ときどき胸が締めつけられるような感覚に襲われるようになってしまった。幸せなのに、どこかチクリと痛む何かがあった。


俺と真琴は別々の大学へと進学した。かと言って俺たちは疎遠にはならなかった。渚や凛や怜たちと俺と真琴とで集まることもあったし、俺と真琴とでもよく遊びに行った。でも、真琴のそばにずっと居続けるという小さな幸せは終わりを迎えた。そして俺の胸はまたときどきチクリと痛んだ。


社会人になると、学生時代のようにはいかなかった。五人で集まるのは一年に一度あるかないかになってしまったし、俺は忙しくて二人でどこかへ行こうという真琴からの誘いも断りがちになってしまった。
本当は少しスケジュールを調節すれば、真琴とどこかへ行く時間を作ることも出来たのだが、俺は真琴に会うのが怖くてあえて時間を作らなかった。なぜなら、俺は今度真琴に久しぶりに会ったら、また真琴のことを好きな気持ちが溢れて、そしたらもう、胸がチクリと痛むだけでは済まされないような気がしたからだ。
今でも、俺はときどき真琴のことを考えて、胸が締めつけられるような思いをする。もう真琴に長いこと会っていないから、だから、真琴のことを忘れてしまえるだろうと思っていたのに、ふとした瞬間に思い出すのは全部真琴のことだった。きっと真琴は、今でも俺のことを考えても、胸が締めつけられることなんてないんだろう。

もしかしたら真琴は彼女の一人や二人がいるのかもしれない。もしそうならば、俺は真琴の口からそのことを告げられるに違いない。それはどうしても嫌だった。真琴の口からそんなことを聞くなんて、俺の真琴への気持ちが、俺が真琴といることで感じる柔らかな幸せが、全部全部灰色になってしまうように思えた。そんなこと、俺には耐えられない。







タクシーはやがて渋滞に巻き込まれてしまった。俺は朝一の飛行機でこの街へと飛び、そのまま出張先へ向かって、ようやく仕事を終えて今ホテルへと向かう途中だ。こんなかんじで、なんだかんだで俺は社会人になり、なんとか社会に適応してやってきている。

俺は疲れていたが、進まないタクシーの中に閉じ込められたままでいるのも嫌だったのでホテルまで歩くことにした。タクシーを降りると、思ったより外が寒くて驚いた。もうすぐ本格的に冬が来るんだな、と思った。俺は手に持っていたコートを羽織って、そのポケットに手を突っ込んで不恰好なまま歩いた。すると、ポツポツと頬に当たるものがあって、ふと顔を上げると雨が降り出していた。傘は持っていない。最悪だ。ホテルまでもう少しとはいえ、歩くとそれなりに時間がかかる。周りを歩く人は傘を差し始めた。俺は歩調を早めた。そして無意識のうちに、人混みの中にいるはずのない真琴の姿を探していた。





2013/11/27


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