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- ずっと言えなくて -

いつからか俺は真琴にただならぬ気持ちを抱いていた。それが普通じゃないことにも気がついていた。だけど俺は止められなかった。


真琴は物心がついた頃からそばにいる幼馴染で、どこへ行くにも何をするにもいつも一緒だった。真琴は俺のことをいつも大切にしてくれていたし、俺も真琴のことを大切にしていた。けれど俺の抱くこの感情は、真琴を傷つけてしまうだろう。だから俺はひたすら隠し続けた。そしてとうとう俺はその気持ちが暴発する前に発散させようと、高校一年の夏に、慣れないケータイを駆使してインターネット上の掲示板、まあいわゆる出会い系サイトで適当な相手を探した。俺はどうやら根本的に恋愛対象が男のようで、探す相手は全て男だった。


俺は真琴のことをときどき性的な目で見てしまうことがあった。それは水着姿の真琴を見てもなんともなかったのだが、体育のときに着替える真琴の姿や、真琴の家に泊まったときに隣で眠る真琴をふと見たときにその感情は沸き起こった。こんな気持ちを抱きながら真琴の隣にいて、真琴に好かれることに罪悪感を感じていた。真琴にこのことを相談出来るはずもなく、俺は他の人でこの気持ちを発散させようとしたのだ。こうすれば真琴を汚さないで済むから。

それから俺は高校二年の現在に至るまで何度も知らない人に抱かれた。水泳をしていたから身体には自信があったので、顎のラインから上半身にかけての写真を載せると、相手はすぐに見つかった。誰かにこのことがバレるのが怖かったから、相手と会うのも必ず岩鳶から電車で七駅離れた大きな街にしていたし、掲示板には顔の写真は載せなかった。実際に相手に会うと必ず、綺麗な顔だね、と言われるので、俺はこのとき初めて真琴がいつも俺の顔のことを綺麗だというのが本当のことなんだと分かった。別に真琴を疑っていたわけではないが、そう言われるとどこかむずがゆく感じるふしがあったので、お世辞として受け取っていたのだ。そして、真琴を汚さないためにここまで来ているのに、真琴のことを考えてしまったことに、また罪悪感を感じた。





「ねぇ、知ってる?二年の七瀬遙が知らない男と一緒にホテルに入ってくのを見たやつがいるんだって。」

誰かが遙のことを目撃したようで、このことは密かに岩鳶高校内で噂となった。遙のことをよく知る渚と怜に対して、遙に関する質問をしてくる生徒がいくらかいた。二人はその真偽を知らなかったが、かなりデリケートな内容だったので遙に直接確かめることはできず、尋ねてくる生徒にも、あまりプライベートなことをとやかく囃し立てるのはよくないことなのではないか、と諭すように返すのみだった。もちろん、このことが真琴の耳に入らないはずもなく、とうとう真琴はその噂を耳にした。






俺はまたネットで適当な男をひっかけて、岩鳶から電車で七駅離れた大きな街にある駅の前で相手を待っていた。いつもは歳の近い大学生を選ぶのだが、今回は自分と共通して水泳が好きだという、三十手前のサラリーマンを選んだ。自分より十以上歳の離れた相手とは初めてなので少し緊張していた。

「君がナナセくんかな?ごめんね、週末で忙しかったから仕事終わるのがちょっと遅くなっちゃって…」

優しい声がして、振り返るとそこにはどことなく体格や顔の雰囲気が真琴に似ているスーツを着た男性が、申し訳なさそうに遅刻を詫びながら俺に近づいてきた。俺は動揺した。真琴に抱くこの気持ちを、真琴を汚すことなく発散させるためにわざわざここまで来ているのに、それなのに、今日の相手は真琴との年齢による見た目の違いはあれど、真琴に似ている。俺は今日はやめようと、彼に謝って帰ろうとした時、背中に大きな手が当てがわれるのを感じた。

「さ、いこっか。お腹空いてない?ナナセくんなに食べたい?」

俺は帰るタイミングを失い、そのままサラリーマンのペースに乗せられて、晩御飯をご馳走になり、ホテルへと向かった。普段は相手が大学生だからなのか、ご飯を一緒に食べることもなく、ただホテルに直行して帰るだけだった。俺も、真琴のことが好きだから、あまり相手と会話したり相手のことを知ったりすることを望まなかった。というより、身体だけの関係に限定して、それ以外ではあまり関わりを持ちたくなかったのだ。それなのに、この真琴に似ているサラリーマンは、俺にたくさん話しかけてくる。俺は当然戸惑った。
部屋に入ると、サラリーマンは一緒にシャワーを浴びたいと言った。俺はもちろん断った。今までの相手ともそんなことをしたことがない。そういうことは真琴としたいのだ。そこは譲れない。サラリーマンは少し悲しそうに、じゃあナナセくん先にどうぞ、と俺にシャワーを浴びるように催促した。
サラリーマンがシャワーを浴び終わるまで俺はベッドの中で、本当にこのサラリーマンとしてもいいのかどうかを今さら悩んだ。本当は駅で会った時に断るべきだったんだ。身体だけの淡白な関係を求めているのに、サラリーマンは俺に優しくする。それが嫌だった。俺は真琴に似たサラリーマンじゃなくて、真琴がいいのだ。だけど真琴にこんな気持ちをぶつけるわけにはいかないから、ここで発散するのだ。矛盾しているなあ、と考えていると、お待たせと言って、サラリーマンがベッドの上に寝転ぶ俺に声をかけた。そして、ナナセくん本当に綺麗な顔してるね、と独り言のようにサラリーマンはつぶやいた。








「はあっ、はあ……」
「ナナセくん、目を開けてよ…」
「嫌だ…!」

俺はなるべく目を開けないようにした。サラリーマンが真琴に似ているから、もしも目を開けてしまうと、また真琴のことで罪悪感に駆られてしまう。そういう気持ちを忘れるためのこの行為の意味がなくなってしまう。
ふと、頬に指が触れるような感触がして目を開けると、サラリーマンは俺にキスをしようとしていた。俺はサラリーマンの顔を手で押し返した。

「キスは…なしって、言っただろ…」
「そうだったね、ごめん。」

そう言って眉毛を下げている顔に髪がかかる具合が本当に真琴に似ていて、俺はいつもよりもゾクゾクした。それと同時に、サラリーマンの動きが激しくなって、俺はとうとう目を閉じ続けることが出来なくなった。自然と口から声が零れた。この声を真琴じゃなくて、このサラリーマンに聞かれていることがすごく嫌だった。けれど、サラリーマンは真琴に似ていた。

「はあっ…はあ、ま、こと、まこと…!」

俺は気がつくとサラリーマンのことを「真琴」と呼んでいた。サラリーマンは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにふにゃりと笑った。

「そうか、ナナセくん、彼氏がいるんだね…。俺、ちょっと期待しちゃってた。」
「はあ、はっ、ちが…、あっ」

違うと言いたかったが、口から言葉にならない声ばかりが零れて出ていった。

「ねぇ、彼氏がいるのになんで、こんなこと、するの…?おれ、なんだか、彼氏に申し訳ないなぁ…。まあだからって、今さらやめたりしないけどっ…!」
「いやだっ、はあっ、ごめん、まこっ、ごめんまこと、んんっ、ああっ……」




俺はサラリーマンのことを真琴と呼んでしまったことがすごくショックで、その後のことはほとんど覚えていない。ただ、行為の後に俺が泣いているのをサラリーマンが心配していたようなことは朧げに覚えている。翌朝、俺はなんとか電車に乗って自宅へと向かった。電車の中では堪えていたが、自宅の最寄り駅に着いて電車を降りてからはずっと泣いていた。涙が止まらなかった。もうこういうことで、気持ちを発散させるのはやめようと思った。真琴に好きだと言いたかった。知らない人じゃなくて、真琴とセックスがしたかった。けれど真琴に言えるわけなんてなくて、また俺の目からは涙が溢れた。



自分のことが情けなくて惨めで嫌になりながら、俺は石段を登った。次に真琴に会うとき、俺はどんな顔して会えばいいんだろうか。俺を照らす朝日が暖かくて、俺の目からまた涙が溢れ出した。
玄関を開けると、そこには真琴が座ったままで寝ていた。俺はポケットの中に入っている自分のケータイを確認すると、真琴からの着信が何件も入っていた。どこにいるの?心配だよ、というメールも何通か届いていた。俺は真琴にこんなふうに心配される資格なんてないのに。俺はまた泣いた。いつからこんなに涙もろくなってしまったんだろうか。俺の泣いている声で目が覚めたのか、真琴は目を開けて俺を確認すると、立ち上がって、はる!と叫んで、俺を抱きしめた。
真琴は俺をきつく抱きしめたままで、しばらく何も言わなかった。何も聞いてこなかった。ああ、こういう真琴の何気ない優しさが俺は大好きだ。俺は真琴に抱かれたまま静かに涙した。




「はる、実は聞きたいことがあるんだ。」

遙が落ち着いた後、真琴は遙を傷つけないよう慎重に、噂の真偽について尋ねた。その通りだ、バレないように気を遣ってたつもりなんだけどな、と遙は淡々と答えた。こんなに悲しそうな顔の遙を真琴は初めて見た。馬鹿みたいだろ?と自嘲気味に笑う遙の目からは涙が零れていた。真琴は無意識のうちにそんな遙を抱き寄せて、もう一度きつく抱きしめた。

「はるのその寂しさを埋めるのって、そういう知らないやつじゃないとダメなの?…俺じゃ埋められない……?」

遙は驚いて目を見開いた。真琴の顔は真っ赤になっていた。

「真琴、俺は男だぞ?真琴は男が好きだってわけじゃないんだろ?」
「うん、そうだよ。俺は男が好きなわけじゃない。だけどね、はる、俺ははるのこと、ずっとずっと好きだったんだ。最初は友達としてだったけど、いつしかそれ以上にはるのことが好きになってて…でもね、言わなくてもいつもはるがそばにいるから、俺はそれで満足してたんだ。だけど、俺が言わないからはるがこんなに傷ついてしまった…ごめん、言うのが遅くなって。」

真琴の目から涙がぽろぽろと零れた。

「なんで真琴が謝るんだ、泣くな真琴、お前は何も悪くない。」

遙は真琴の涙を指で拭って、それから真琴の肩におでこをくっつけた。

「俺だって、勝手に真琴に悪いとか思って、想いを伝えなかった。それに今までの行為は全部俺が馬鹿だったからなんだ。俺はすごくすごく汚れてしまった。真琴、ほんとにこんな俺でもいいのか?」

真琴は自分の肩に寄せられた遙の頭を優しく撫でた。

「どんなはるでも、俺は好きだよ。これから、俺のこともっともっと好きになってもらうし、それでもって昔のことなんか忘れちゃうくらい、俺に夢中にさせるから。」

遙が顔を上げて真琴を見つめる。真琴は遙の顔に自分の顔を近づけて、お互いの唇が重なった。遙と真琴は初めてのキスを経験した。今までの適当なセックスを忘れるほどに、遙は真琴とのキスに幸せを感じた。
二人はようやく恋人同士になることができた。






遙の噂が気になって仕方のない生徒が、とうとう遙自身に噂の真偽を尋ねた。

「それについては答える気はないが、確かに俺は男が好きだ。そして今、俺には大切な人がいる。」

遙はそれだけ言うと、その場を去った。遙が同性愛者だと分かったからか、尋ねた生徒たちは騒いでいた。そんなことはもう遙にはどうでもいいことだった。真琴のことが好きな俺のそばに、俺のことが好きな真琴がいるだけで十分なのだ、と遙は心の中でつぶやいた。

「はる」

優しい声がした。振り返ると真琴がふわっと笑った。真琴が俺の名前を呼んだ時に微笑む瞬間が、遙はたまらなく好きだった。





2013/11/3


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