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「やっぱりその女、すげー美人だったのか?」
「ああ当然、美女だったぞ」
「その『美女』ってのがわかんねえんだよな……」

 陽の疑問に銀狼も横からのりだす。『美女』以外の説明を要求する二人の好奇心は、甘く見積もっても下世話なものだったが、それに答える龍水の口調の明快さは変わらない。
 その明瞭さに疑心の言葉を投げたのはゲンだ。龍水の語り口は端的がすぎる。まるで、彼女のことを端から端まで、その全体を理解しているかのようだ。その姿を完璧に捉えられていなければ、こうも流麗には語れない。

「俺の脳が事実の補完をしていると、そう言いたいわけだな?」
「いやあ、完璧に理解してるのかもよ? 愛してるっていうのなら」
「はっはー! 貴様は嫌味も一級品だな!」

 女は皆、美しい。彼女も美しかった。けれどもその美しさ以外を語るとするなら、唯一性についてになるだろう。彼女の生来の気質、特徴、癖、その瞳。彼女は他の美女とは全く違う美女だった。帆船と同じように、彼女とうまく付き合うためには、こちらからご機嫌をとってやる必要があった。

「また船の話ぃ〜?」
「まーまー、船長の話は聞くもんだよ銀狼ちゃん」
「帆船の話も女の話も、大して変わるものじゃないぜ」

 帆船というのは、感受性のするどい造物だ。どんな些細なことが帆船の機嫌を損ねるかは、知識や経験則だけでは計りきれない。帆船の走り方、その優秀さ、特性には、ある種の神秘がまとわりついている。

「バラストが何かは知っているか、メンタリスト!」
「文脈から察するに専門用語だよね? 知らないよ一般人は?」
「無貨物の船舶か、その積荷が小量の場合に、船の安定を保たせるために積む底荷のことだ」
「うん、知らないかな! 知ってた千空ちゃん?」
「知ってた」
「知ってたかあ〜」

 ある帆船の有能さを示すために、昔の人々はしばしばバラストの不必要を訴えた。この船はバラストを積まなくてもドックできちんと直立し、帆走すらできる、と豪語した。つまりは模範的で、ご機嫌伺いをする必要がなく、優等な船だといいたいわけだ。けれどもこれは商業的な宣伝文句に過ぎないことを、船乗りは全員が知っていた。少なくとも、一定の経験値がある船乗りは皆が。
 船も女も、ご機嫌をとってやる必要がある。これは甘やかすという意味ではない。相手の繊細さに寄り添うという意味だ。媚びではなく、 鞭でもなく、頭ごなしの説教でもなく、正論でもなく、彼女たちに捧げるべきは敬意なのだ。

「説得力があるようなないような……絶妙な理論だな」
「良い船っていうのは、素直な船じゃない。忍耐強い船だ」

 帆船は気難しい。すぐにへそを曲げる。頑固で、正論を無視し、自分の好きに振る舞う。そんな相手だからこそ、己の考え、己の技量、己の自惚れの全てをぶつける意味がある。素晴らしい帆船に出会ったとき、努力してではなく、自然とその種類の感情が巻き上がる。彼女と自分の全てを分かち合いたい、と切望するようになる。

「どんな荒波にも、強風にも耐え忍んで海を走る、いい女だった」
「つまり……船みたいなでかい女?」
「その通りだ!」

 銀狼のテンションが著しく下がってしまったことに気付いているのか気付いていないのか、龍水は海の向こうを見つめ、眩しそうに目を細める。

「船っていうのは、どこまでも進んでくれるものだ。ちっぽけな人間のためにな」

 帆船は、どこまでも感情的な生き物だ。誠実で、ひねくれていて、加減を知らず、海の底に沈むことすらも自ら選択する。そういうやつだった。かつて愛していた、あの女も。


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