「明日も同じ服着るつもりなの?」
「お前に任せる!」

 カリムは商品をまともに見ることもせずに、わたしの顔ばかり見つめてくるので、カリムの服を買っているのに、店員さんはわたしにばかり話しかけてくる。店員さんがわたしに勧め、わたしがカリムにそれでいいかを聞き、カリムが鷹揚に頷く。
 カリムを連れて百貨店に来たのは、アイスの汚名返上という意味もあるが、趣味の悪い自己アピールでもある。数十万、数百万円くらいなら、気にせず払えるだけの経済的余裕はあるよ、という暴力的なメッセージ。カリムがわたしに笑顔を見せて、優しくして、手間暇かけて騙してやることには、価値があるのだと知って欲しかった。

 一ヶ月分以上の服と靴とパジャマと枕と生活雑貨その他もろもろを購入し、やるだけやって、わたしは自分のやったことが何の意味も為さなかったことを理解した。

「納得いかない」
「これじゃ足りなかったか?」

 カリムがわたしが買ったもののお礼に、と渡してきたブレスレットにブランドロゴはついていなかった。それでも、その価値は明らかだった。営業時間終了間近の、貴金属店が、喜んで鑑定を受け入れてくれるほどには立派なもの。

「お金が欲しくてカリムを拾ったわけじゃない」

 こんなセリフを、自分が言わなければいけないことはひどく屈辱的だった。わたしは裕福だ。控えめにいっても大金持ちで、健康で、自由を許された若い女だ。自分には、そういう価値があることを知っている。それ以外に価値がないことも知っている。

「じゃあ、オレはお前に何をしてやればいい?」
「ここにいて」

 わたしの言葉に、カリムは困った表情を見せた。わたしの願いを否定するセリフが、すぐそこに、カリムの喉の奥で待機していることが理解できた。カリムがわたしにそれを言わないのは、カリムの優しさだ。カリムが安っぽい泥棒なんかじゃない証拠。カリムの居場所がここではない何処かにあることの証拠。

「ねえカリム、カリムはどこから来たの?」
「オレの国は砂漠の向こうにあるんだ」

 お伽話みたいな言い回しだった。砂漠の向こうの王子様。わたしが辿り着けない夢の国の男の子。わたしを置いていく、わたしの好きなひと。

「オレはお前を置いていかないよ」
「じゃあ、キスして」

 カリムの唇が、わたしの額に触れる。やっぱりなあ、とおもった。本物の王子様は、本物のお姫様以外に真実のキスをしたりしない。「いつまでもしあわせに暮らしました」という結末は、わたしみたいな女の子には用意されていない。

「オレは王子様じゃないぜ」
「ふーん」

 カリムが、幼い子どもにするように、わたしの髪を撫でる。機嫌を直してくれよ、と情けない声を出した。それは昨晩、夢で聞いた声と全く同じだった。絨毯に話しかけていたのと同じ声。あの絨毯が機嫌を直してしまうのは、そんなに遠くない未来だろうな、とわたしはぼんやりする頭で思った。




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