「もしかして眠いのか?」
「そんなことないよ」

 もうすでに日は登って、基本的に昼夜逆転の生活を送っているわたしは、いつもなら寝室に向かう時間帯だ。けれど、今日はカリムがいる。
 わたしは特別な出会いに興奮していたし、昨日もだらだらと必要以上に睡眠をとっていたし、起きていることはそんなに難しいことではないと思った。なにより、自分がいつも昼に寝て夜に起きるような、不健康な生活を送っている人間だと、カリムみたいな男に悟られるのは、恥ずかしいと思った。
 わたしはカリムに、眠くないよ、と自然な口調をつくって言う。

「いいこと教えてやろうか」

 カリムがわたしに向かって手招きをする。肩と肩が触れ合うほどに近づくと、カリムが自分よりも、ひとまわり大きいことが分かる。わたしよりも大きな体と、わたしよりも大きな手のひらが、わたしの集中力を乱す。危険だ! 逃げなさい! 常識的な誰かが、わたしの耳元で叫ぶ。お前はなんて馬鹿な女なんだ! と。

「眠りたくないときに寝たら、いい夢が見れる」
「本当に?」
「一緒に試してみようぜ」

 カーテンを引いても、太陽の光が出ていることがわかる。薄い青色に輝く寝室で、カリムと二人で横になる。
 さっさと目を閉じてしまったカリムの顔を観察する。銀色に輝く髪は丁寧に揃えられているけれど、ターバンは解けかけ、目元のアイシャドウも少しよれている。そっと、その首に触れてみると、熱と振動を感じる。幻にしては現実感と存在感が強すぎる。それならば、幻でないのなら、この男はなんなのだろうか? 自分の予想を、言葉にするのは躊躇われた。あなたは誰なの? と聞くのはルール違反なように思えた。

 わたしは夢を見る。突然目の前に、魔法のように現れたこの男が、この出会いが、この運命が、自分のものであることを夢見る。

 目を開ける。今日の自分の夢について考えながら、ベッドの横で動く男の影を観察する。閉じられた部屋の中で、絨毯が男の周囲を舞っていた。羽のように、動物のように、魔法のように、絨毯が空を飛んでいる。男は、絨毯にいろいろな条件を持ちかけている。絨毯と交渉をしているようだった。まるでお伽話の住人。わたしは目を閉じる。

 カリムと名乗ったこの少年が、本当は全く違う名前の大悪党か小悪党で、わたしが眠っているうちに家探しをして、金品を頂戴して、お別れも言わずに消えてしまえばいいな、とわたしは願った。
 カリムが、わたしと同じ世界に生きる、本物の人間であって欲しいと思った。王子様じゃなくてもいい。誠実じゃなくてもいい。貧乏人でも、泥棒でもいい。次に会うのは、刑務所の面会室でもいい。一晩の奇跡よりも、幸せな嘘よりも、また会ってくれることの方が、わたしにとっては大事だった。




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