平均的なやさしさ

 妹が、顔を真っ赤にしながら、涙を流していた。
 泣き声をあげながらも、何かを探しているかのように、歩みを止めることのないその姿に最初に感じたのは、あわれみよりも興味だった。
 その頬は熱をもち、肩は震え、あんまり長く泣き続けるものだから、体力の限界も近づいているのだろう、ひどく弱々しくみえた。

「なにがそんなに悲しいんだ?」

 その言葉に返ってきたのは、無言の視線だけ。何も言わず、しゃくり上げながら、けれどその視線には不思議な強かさがあった。こちらを伺い見るその視線は、いつもどこでも、自分には見慣れたもので、けれど何かが違った。
 そうした違和感の全てを切って捨てる。自分の中に生まれた興味に蓋をする。オレの妹が泣いている。それ以外に、考えるべきことなんてあるはずもない。妹の涙を拭う。妹の背中を撫でてやる。妹は泣き止まない。
 時間が過ぎるほどに、その途方もない悲しみの大きさがのしかかってくるようだった。絶えず流れ落ちる涙の量だけ、このかわいそうな少女の苦しみが、オレにも理解できるのだった。オレは妹の悲しみを知る。

「おにいちゃん、泣いてるの?」
「ああ」
「悲しいの?」
「お前が泣いてるんだ、オレだって悲しいよ」

 じっと、妹がオレの顔を見上げる。何かを確かめるように、オレの表情をみつめる。妹の指が、オレのまつ毛に触れる。何を言ってやるべきか、オレには分からなかった。ただ、妹の好きにさせる。
 オレの顔に触れ、オレの体温を知り、妹は何かを得たようだった。もしくは、何かを失ったのか。本当のところは、どちらでもいい。何かはわからないけれど、理由もわからないけれど、良い変化であることは間違い無い。妹の涙は止まったのだから。
 それから、妹は、オレが好きだといった。オレに、自分を好きになってほしいと。それは当たり前のことだった。すでに叶えられた望みだった。家族を愛し、家族に愛される。オレは妹の訴えを受け入れる。肯定する。その小さな体を抱きしめる。オレはお前のことを愛してるよ、と言葉を尽くす。
 本心だった。真実だった。生まれた瞬間から、過去全て、一瞬だって途切れることなく、オレは妹のことを愛していた。けれど、それは生まれつきの、必然として持っていた愛情だと、妹の瞳を見た瞬間に気がついた。

「……うれしい」

 オレの妹、賢い子ども、本物の愛を求めていた子ども。彼女の求めていたものの意味を飲み込んだのと同時に、オレは自分の中にも、全く同じ望みが存在することを知覚した。
 目の前の自分よりも幼い妹が、ただ唯一の愛だけを求めて泣いていたことを理解する。オレを観察していたこと、オレを値踏みし、自分のいちばんを捧げる相手として、今、オレを見ていることを知る。
 『愛してほしい!』そう叫びたくなった。オレは、妹の望みに共鳴する。
 自分の中に押し込められていた、本物の愛が行き場を探して暴れ始める。本物のさびしさが、同胞を求めてオレの胸を叩く。なんて苦しみだろう! 一秒だって我慢はできない。
 胸の高鳴りに任せるがまま、オレは妹を抱きしめる腕の力を強める。

「おにいちゃん?」
「お前は、オレに、いちばんをくれるのか?」
「うん、あげる」

 全ては偶然だった。妹がオレを選んだことも、オレが今、妹の前に立っていることも。今ここに立っているのが、オレじゃなくてもよかったはずだ。きっと限界だったのだろう。本物の愛情の存在に、その可能性に気付いて、それを持て余して生きていけるはずがない。誰にだって不可能だ。
 妹がこの家、オレの妹として生まれてくれた運命よりも、それははるかに運命的な偶然だった。オレもまた選択する。唯一の愛を妹の中に見つける。

「約束しような」
「なにを?」
「忘れないことをさ」

 きっと、この真実を知っているのは、世界中でオレたちだけだ。賢いお前と、お前に教えてもらったオレと。本物の愛の存在を知って、本物の飢えを知った、ただふたりの人間として、助け合っていこう。


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