混じり合わない

 気を遣う、遣われるという相互行為には、尊重の心か無神経さのどちらかが含まれている。結局は自己満足。運と機嫌と巡り合わせ。有り難がられるなんて思わない方がいい。他人を気遣うだなんて無礼千万。わたしだったら絶対に感謝しないし、感謝していないことを誰にだって認めはしない。

「おにいちゃんの部屋って、思ってたより何もない」
「何か足りないか? もってこさせるぞ」

 いちばんいいのは、相互行為から抜け出すことだ。日常の一部にしてしまうこと。つまりは機敏でなくなること。腫れ物扱いがいやなら、まず最初に、敏感な子どもであることをやめる必要がある。
 わたしは首を横に振る。何ひとつ、足りないことはありえなかった。一挙一動を、視線を、常に具に観察され、報告され、共有されている中で、兄とわたしが何かを不足していると感じることは難しい。
 必要最低限のものしか無い兄の自室。その大きな部屋には、その空間を遮る余分なもの、過分なものはひとつもない。花びら一枚、羽一枚だって落ちていない。
 窓の外ではこんなにも緑が揺れて、風は砂を巻き上げ、噴水の縁では鳥がその誇りをかけた歌をうたっているのに。兄の部屋にはそのうちのひとつも入り込みはしない。

「おーい、どこいくんだ?」
「……気づくと思わなかった」
「ん、確かに妙にゆっくり動いてたな」

 扉の向こうに半分滑り込ませた体の右側、わたしの右半分は兄の関心ごとだったようだ。わたしの右半分が何でもないような声色をつくって、わたしの左半分に話しかける。わたしの左半分はそれを無視する。兄が、部屋の中に存在するわたしの左手を掴む。

「オレに寂しがって欲しいのか?」
「実験してただけだよ」
「うまくいったか?」

 失敗したか成功したか。わたしの右半分は失敗したと訴えている。わたしの左半分は成功するに決まっていたと主張する。

「半分はんぶん」

 わたしの答えを待たずに、兄が扉の隙間からわたしの体を引っ張り出す。兄に手を取られて、部屋の中央で向かい合う。慣性に従うまま、兄の方へと体が傾き、落下し、兄の腹に着地する。

「実験は楽しいよな。結果がどっちだってさ」
「うん」
「だけど、この遊びはもう終わりだ」

 兄はわたしの後頭部に触れる。わたしは謝罪する。兄は表情を変えない。わたしは困った顔をする。兄は表情を変えない。わたしは不機嫌な顔で文句を言う。兄は表情を変えない。わたしはもう一度、兄に謝罪する。

「お前を閉じ込めたくはないんだ」

 わたしが閉じ込めて欲しいといったら、兄はどう思うだろうか。兄がとる行動はわかっている。兄はわたしの望む通りにしてくれるだろう。けれど、その心はどうだろうか。仮に兄の本心と命令が同じものだとして、わたしはそれを信じられるだろうか?
 この部屋には、たくさんのものが運び込まれてくる。そのとき、その瞬間に、本当に兄が必要としているものだけ。兄が欲しいと思う三秒前には用意され、兄が視線を外したときには、持ち去られている。わたしをこの部屋から持ち去るのは、盗賊の仕事じゃない。召し使いの仕事だ。それか、もしかしたら、わたし自身の。

「オレが気づかなかったら、お前、どうするつもりだったんだよ」
「わかんないけど、でも」
「オレのいない場所で泣いて、どうするんだ」

 兄は、手に負えない子どもを相手にしているかのように、わかりやすく怒ったような表情をつくって、わたしのことを叱りつけた。その表情には、わたしが兄の言葉を理解し、受け入れ、認めることへの期待が見え隠れしていた。小さな子どもにだって判断できる、単純な道理を説いているのだと、そう言われているようだった。

「もう扉を開ける必要なんてないんだからさ」

 兄のやさしい言葉に、わたしの口から再び、謝罪の言葉が漏れて出た。


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