ちっぽけな花瓶

 ひろい砂丘の一角で、兄と一緒にお茶を飲む。敵意を感じるほどの、太陽の強い光、熱された風は、天幕に遮られている。周囲では、昨日の出来事を考えると非常識なほど少ない数の召し使いが、わたしたちを見守っている。

「どうして砂漠に?」
「何かがあると思ったの。だって、砂漠には何もないでしょ?」
「その何かは、見つかったか?」

 わたしは首を横に振る。兄は、少しだけ考える素振りを見せる。そして、直ぐにジャミルを呼んだ。探したいものがあるから、ちょっと散歩してくる、と気軽に宣言した。ジャミルは目を剥いて、兄の暴挙を止めようとする。

「わかった、オレたちが探す。二人はここにいてくれ」

 で、その探してるものってのは? ジャミルの言葉に、わたしは動揺する。自分の幼稚さを恥ずかしく思う。わたしが謝罪の言葉を口に出すより先に、兄が元気いっぱいに返事をする。

「それは二人の秘密なんだ、悪いな!」
「……見つける気はあるのか?」
「あるに決まってるだろ? オレの妹が欲しがってるんだから」

 頭が痛そうな表情のジャミルが、召し使いを編成して、捜索隊をつくる。実際に口にだしたら怒られそうだけれど、夢のある捜索だなあ、なんて思う。どんなものかもわからない、あるかもわからない「何か」を、大の大人が集まって、砂漠の向こうに本気で探しに行くなんて。
 わたしと兄は、勇気ある捜索隊に手を降って、その旅立ちを見送る。彼らが、何を持ち帰ってくれるのかを、想像しながら待つ。何かを見つけるだろうか。そもそも、戻ってくるだろうか。何も見つけられずに、それでも前に進み続けるとしたら? 彼らがこれから行く先では、もう後戻りはできない、決してできないのかもしれなかった。風が、なにげなくその砂で足跡を覆ってしまい、背後のあらゆる道を閉ざしてしまうかもしれない。

「きっと見つかるさ」
「きっと見つからないと思う」
「お前の欲しいものが、見つからないはずがないだろ?」

 お前が見つけられなくても、オレが見つけてやる。そう言い切る兄は、今、炎天下の砂漠を行進しているのが、自分ではなく、自分の召し使いだということを理解していないように見えた。いつもよりもその姿は大きく見えた。

「ねえ、みんなは帰ってくるかな」
「砂漠は、お前が思ってるほど怖い場所じゃないんだぜ」
「みんなが、帰りたくないとおもってたら?」

 砂漠にも道はある。太陽が、星が、神さまが道を教えてくれる。けれど、わたしたちの中にある知性と本能が、それに逆らいたいと思ったとしたら? だってきっと、彼らは何も見つけられない。何も発見できないことは、何の結果も残せないことは決まっている。兄は、失敗した召し使いたちを許すだろう。でも、もしかしたら許さないかもしれない。だったら、逃げてしまおうと思ってもおかしくはない。そうでしょう、ねえ、おにいちゃん。

「つかれちゃったよなあ、オレもお前も」
「……うん」

 過去は変えられない。知性は捨てられない。飢えは忘れられない。けれど、逃亡は許されている。なら一緒に逃げちゃおうよ。何か別の欲求、当たり前の要求で、お互いを求める気持ちを塗りつぶしてしまおうよ。
 もともと、わたしたちの選択は偶然だった。余計なものだった。神さまが用意していなかった道だ。必要以上の愛情を、何もないところから作り出そうというのは、傲慢がすぎる。永遠に叶わないものに手を伸ばしつづけるには、わたしたちの望みには大義がない。

「なあ、もし何かが見つかったらさ」
「見つからないよ」
「また一緒に、がんばってみないか?」

 兄の手のひらが、わたしの手に重ねられる。わたしが返事をするより先に、ジャミルが兄の名前を呼ぶ。捜索隊は、花束を持ち帰ってきた。オアシスが見つかったと、興奮した声で報告する声が聞こえる。わたしは、自分の両耳に手のひらを当てて、ぎゅっと目をつむる。
 苦しむことを拒否するのは、自分に向けられた愛の言葉を跳ね除けるのは、悪徳なのだろうか? わたしはまだ苦しまなくてはいけないのだろうか。兄がわたしのために苦しんでいるという、その希望だけを頼りにして?


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