強さの仮定

 妹は精神的な干渉を受けた。その結果として、ナイフを手に取った。妹がその干渉に、オレのものではない悪意に屈したのはオレの責任だ。オレが、妹を追い詰めていた。オレの言葉に、オレの悪意に、妹は疲れ切っていた。このオレこそが、オレだけがあの子を害するものであらなければならない。

「許せないんだ」

 寝台の上で、妹の胸元に額を寄せる。オレは今日の出来事に、すっかりまいってしまっていた。もしかしたら、妹よりもずっと。

「おにいちゃんを殺そうとすることを?」
「お前が弱くあることが許せない」
「へんなの」

 わたしは初めっから、強かったことなんてないよ。妹はそう言いながら、オレの髪に触れる。オレは妹のことを考える。妹の顔、髪、その四肢、その視線に触れて、その美しさに困惑する。こんなに美しい妹が、弱いはずがないと、自分の直感が主張するのを黙って聞く。

「わたしは泣き虫だし、女の子だし、まだ子どもだし」

 オレのことで泣くのはいい。子どものうちに、子どもらしくあるのは当然の権利だ。だから、そうであるならば、妹は女の子であることをやめるべきだ。オレたちのために。

「無理だよ。それに、意味もわかんない」
「でも、嫌なんだ。お前が弱いなんて、オレは思ってもみなかった!」
「わたしが強かったとしたら、受け入れてたの?」

 わたしがおにいちゃんのせいで弱って、おにいちゃんの言葉と愛情に支配されて、全部がめちゃくちゃになって、そのまま死んでいくことを、喜んでいたの? 強いわたしを屈服させたかった? 弱いわたしは、わざわざ愛してみる価値もない?
 妹の言葉をオレは否定する。オレの返答を、妹は拒絶する。自己中心的で、無意味な慰めだ、無責任な慰めだと、オレを非難する。

「おにいちゃんが、わたしの人生を惨めにさせてるのに!」
「オレは、お前と幸せになりたかっただけなんだ」
「ハッピーエンドが決まっているのはおにいちゃんだけなのに?」

 目覚めている間は、オレのために苦しんでくれよ。生まれたときに遡って、死んでしまうそのときまで、オレの愛情を目的にして過ごしてくれよ。必死に、一生懸命になって、全てを捧げるものがあることが、幸福でなければなんなんだ? オレがお前にあげる全部から、目を背けないでくれよ。目を逸らさないでくれ。逃げないでくれ。責務、義務なんて無視すればいい。他の何から逃げてもいい。でも、真実の愛から逃げることは許さない。
 オレの懇願を、妹は黙って聞いていた。妹の体温を感じながら、妹の肌に触れながら、オレはひとりきりだった。星空を眺めているときと変わらない、無感動な孤独感。

「なあ、もう戻れないんだよ」
「そう」
「お前を知らなかったときには、オレはもう戻れない」

 妹の瞳が瞬く。オレの言葉の真偽を計るように、その場の沈黙を数える。
 ゲームは終わり。勝負は引き分け。ひどいことなんてしなくても、オレたちは十分すぎるくらいに傷ついている。この世界にオレとお前以外がいるっていうだけの理由で、オレたちの満足は不当に奪われようとしている。

「おにいちゃん、なんだか弱ってるみたい」
「ああ、ひどい気分だ」
「そっか」

 妹が甘えるように、オレの耳元に自分の頭を寄せてくる。オレの頬に触れて、オレの額を指でなぞる。

「不機嫌そうな顔」
「不機嫌じゃない」
「いつもとちがってステキ」

 クスクスと、妹が堪えきれないように笑う。こちらを計るような、品定めをするような冷たい視線から棘が取れて、やわからな風のように変わる。その表情は、その声色は優れて魅力的で、オレは息を飲む。 

「明日の予定は?」
「予定は全部延期になったぞ」
「わたし、砂漠に行きたい。連れてって、おにいちゃん」


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