家系図の滲み

 オレの妹、他の何よりも大事なあの子には、幸せであってほしいと思う。あの子のために、なんでもしてやろうと思う。だから、オレは妹を傷つけることを選ぶ。そうしなくちゃいけないと信じている。妹はオレにそうして欲しいはずだと確信している。
 だって、オレはうれしいよ。お前が一生懸命にオレの肌に爪を立てようとする、その必死さ、その懇願に、胸がいっぱいになる。ならオレもお前に、同じことをしてやるべきだ。同じ喜びを与えてやるべきだ。普遍的なやさしさから、家族としてのあるべき道から外れて、ただ唯一のものをオレに差し出してくれたお前の悪意に、悪意でもってこたえてやらねばならない。

「いったん冷静になれ、カリム」
「悪いなジャミル、優先順位はアイツがいちばん上だ」
「それがおかしいっていってるんだ」

 お気に入りの妹を贔屓するのはいい。勉強をそこそこに、妹にべったりで、遊んでいるのもまあいい。けれど、長男が妹の小間使いみたいに振る舞うな。会いたいのなら、お前が妹のいる場所まで出向くのではなく、呼びつけろ。
 ジャミルの小言を、頭の中で噛み砕く。オレが妹に会いたいのだから、オレの方から会いにいくのは当然のことだ。けれど、妹を傷つけてやるためには、オレの愛を示すためには、そういった手段も必要かもしれない。

「そうだな、うん、そのとおりだ」

 オレはジャミルに感謝する。自分が妹にしてやりたいことよりも、横暴であることを選択しよう。親切であること、ひとを尊重すること、そんな役割は放り投げてしまって、ただの兄妹であることから、ありふれた愛情から、脱却しようと決める。

「あいつを呼んでくれ」
「用件は?」
「オレが呼んでる!」

 妹は、すぐにオレの前まできた。少しだけ困惑した表情。少しの緊張と、オレに媚びるような、愛らしい目つき。そこには、隠しきれない期待の兆しがある。毎日、長い時間を一緒に過ごしているオレとの対話に、今までとはちがう何かを汲み取って、睫毛を震えさせている。

「なにするの?」
「昨日までとはちがうことさ」
「怖いこと?」

 妹は、小さな声で、オレのことが好きだと言った。やさしいオレが好きだと、自分のことを大事にしてくれる、オレのことがいちばん好きだ、と泣き声を出した。
 この子は、可愛い妹は、オレに怯えてるようだった。折檻が待っているとでも勘違いしていたのか、まあ何にせよ、オレは少しばかり不服だった。妹は、オレからの信頼を失うことよりも、オレからの暴力を恐れている。

「あのなあ」
「……ごめんなさい」

 オレは落胆していた。なんだか、全てが馬鹿らしいと思えてくる。妹の中にあったはずの、愛情の絶対性が疑わしくかんじられる。

「うーんやっぱいいや、ちょっと考える」
「や、やだ」

 妹が、ハッとしたように口を閉じる。オレの方に伸ばしかけた手を、もう一方の手で押さえ込もうとする。それよりも先に、オレはその手を掴み取った。オレは安堵する。自分の猜疑心を恥ずかしく思う。

「震えてる」
「ごめんなさい」
「いいや、それでいいんだ」

 お前の震え、お前の怖れ、お前の涙を、オレの喜びとしよう。
 オレはお前になんでもしてやりたいよ。お前の望むがまま、お前の理想を、全て現実にしてやりたい。それと一緒に、オレはお前を蔑ろにしよう。オレにひどく扱われて、傷つくお前を、オレが慰めてやろう。お前の愛の存在を確かめるために、一生懸命になるオレの必死さに、その憐れな姿に、お前はきっと幸福を知ってくれ。

「わたし、何をすればいいの?」
「オレのことを待っててくれ」

 オレたちは同じものに飢えている。オレだけが、お前を満たせるのだから。


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