落日はひとりで落ちる
「というわけでお土産です」
諏訪さんは、何だか妙な顔つきでお土産の袋を受け取った。
大はしゃぎして喜べとまでは言わないけど、そんな風に微妙な顔をされるような実績は今まで無かったはずなんだけど。ウケ狙いのヤバいお土産とかじゃないよそれ。
「お前ちゃんと記憶あるか?」
「ありますけど……」
「薔薇は何科?」
「えっ、あの、バラ科って存在する科?」
「太陽が登る方角は?」
「ひ、がし?」
「嵐山の下の名前は?」
「准」
「まあいいかどうでも」
「何が!?」
諏訪さんはこちらに背中を見せて、おざなりに手を振った。ついでにお土産の袋も大きく揺れている。
「あのね、旅行楽しかったよ」
「そりゃよかった」
「あのレシート、返した方がいい?」
「どうせなら差額分の煙草で返してくれや」
「あ、そのお土産ね、チョコがわたしからで、タバコは准くんからだよ」
一度だけこちらを振り返り、細い目を更に細めてわたしを見つめた後、ため息を吐いて諏訪さんは部屋から出ていった。
「なんか不機嫌だったね、諏訪さん」
「苦痛は別の苦痛で和らぐものだし、あの人は自己管理が上手な人だ。大丈夫だろう」
「准くんは? 大丈夫そう?」
さあどうかなと、准くんはいつもと同じ、満面の笑顔で答える。大丈夫じゃなさそうには到底見えない。いつも明るく笑っているし、実際いつも大丈夫なのはもう分かっている。
「大丈夫なときに大丈夫じゃないふりをしてたらね、もう信用できませんよ」
「だって君はやさしいから、俺が弱っていたらそばにいてくれるんだろう?」
「で、大丈夫そう?」
「実を言うと、とても元気だ」
准くんの腕が、わたしの体を軽々と持ち上げる。准くんが簡単そうにやることの大部分は、普通のひとには真似できない。
朝が来たって毎日パパッと起きられたりしないし、毎日をご機嫌で笑っているのもできるはずないし。准くんの恋人をしていても、ずっと幸せいっぱいの顔はわたしにはできない。辛いですって顔をこれだけたくさんする女の子はたぶんあんまりいないだろう。
「君の不機嫌な顔、俺は好きだけど」
「そう言ってくれるのは有り難いけど、今日はご機嫌の日なんです」
准くんがわたしを持ち上げたままで、明日の予定を教えてくれる。なるほどお休みね。わたしも当然お休みですよ。暇な時間にあふれた大学生なので。
「抱きしめていい?」
「これは抱きしめるに入ってなかったの?」
「もう少し意地悪な抱きしめ方がしたい」
お好きにどうぞ、と言った瞬間につよい力で圧迫される。エネルギーを持て余した若者は、いつもすぐに死ぬか殺すかで物語を終わらせようとする。悪い癖だ。
「わたしが鳥だったら今ので死んでますよ」
「こんなに愛してるのに」
「可愛がりすぎても鳥は死んでしまうんだよ」
「かわいい鳥を、愛を理由に殺してしまっていたとしたら、俺は許されていたと思う?」
「さあ?」
わたし難しい話ってあんまり好きじゃないんだよね、とつぶやくと、准くんは腕の力をつよめながら笑った。
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