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我慢しているわけじゃない。むしろ逆だった。わたしは、圧力から、ストレスから解放されて、気分は晴れやかに、自由気ままに過ごしている。カリムの隣で、魔法の水で身体を満たせば、わたしは自分の美しさを信じられる。自分が生きていることを許していられる。 『死を呼ぶ妖精』としての自分を認められる。たくさんの人間が、自分の周りで死んでいくことに耐えられる。

「でもさ、考えたんだけどさ」
「喉かわいたのか?」
「ねえカリム、ちょっと喋ったあとに水を飲ませて」

 わたしのお願いに、カリムは素直に腕を下ろした。わたしは、バカになった頭で、それでもいちばん大事なことをカリムに確認する。
 カリムはいつまで裕福なのか。カリムはいつまで、わたしのために死と危険を周囲から集めて回るつもりなのか。カリムのもっている豊かさは、いつなくなって、わたしはいつまで生きていられるのか。わたしを満たしてくれる死と水は、いつまで手に入るのか。

「いつまでって、そんなの、ずっとだろ」
「オアシスは枯れるものでしょ」
「オレのは枯れない」
「カリムが死んだあとは?」

 そこで初めて、カリムは考え込む仕草を見せた。永遠に続くオアシスなんて存在しない。尽きるから、有限だから、移動するから、人間の力で動かせるからこそ、オアシスは争いの火種になる。

「オレが死んだあとも生きたいのか?」
「別にそういうわけじゃないけどさあ」
「じゃあ、ずっとだよ。お前のオアシスは、オレが死ぬまで永遠に枯れたりしない」
「じゃあ、カリムが死ぬのと一緒に、わたしも死ぬの?」
「ああ、そうしてくれ」

 いちばん最後に、オレの死を食べて、お腹いっぱいのままで、幸福の中で、美しいままで死んでくれ。カリムは笑顔でわたしにそう告げる。

「じゃあ、カリムは死ぬまで戦乱の中にいてくれるの?」
「お前は大袈裟だな」
「大袈裟じゃないよ」

 わたしがこうして、カリムの隣にいて、こんなに健康で、元気いっぱいでいるっていうのは、ここが戦地のど真ん中だということの証明だ。一個のオアシスが生み出すよりも、大量の死が、カリムの存在から溢れでている。わたしの言葉に、カリムがひどく場違いな、愉快そうな明るい笑い声をあげた。カリムを睨みつけるわたしに、苦笑しながらカリムがいいわけをする。

「悪い悪い! でもなぁ、オアシス一個分の死人なんて、数でいえば誤差みたいなもんだろ」
「それはカリムがヘン」
「お前みたいな綺麗な妖精のために死ぬなんて、やっぱりウン、縁起もいいとおもうぜ!」

 縁起が良い死なんて一つだってありはしない。特にこの男の周りでは、起こるはずがない。カリム自身も、どうせ老衰で死ぬことはないだろう。同族同士で、家族間で、殺し殺されて、失意の中で死んでいくことだろう。わたしの妥当な死亡予測に、カリムは大きな声で文句を言う。

「オレが死ぬのは家族のせいじゃないぜ」
「家族じゃなくても同じ人間同士じゃん、頭わっるい」
「いーや、オレはお前のせいで死ぬ! オレが死ぬのだけは、お前のせいで、お前の責任だよ」

 カリムが、わたしの両頬に手のひらをそえて、自分とわたしのおでこをくっつける。熱でもありそうな戯言を口にしておきながら、カリムのおでこの温度は平均的だった。ただ、手のひらと吐息だけが熱い。

「他の奴らが、オレの大事なみんなが死ぬのはオレのせい。で、オレが死ぬのはお前のせいだ」
「じゃあわたしが死ぬのはカリムのせい?」
「ああ、ともだちだからな」

 嫌だなあ、と思った。カリムがわたしのせいで死んでしまうというのは、悲しいけれど仕方がない。そういうふうに生まれついたのは、わたしの意思じゃないけど、わたしの責任だ。
 けれども、わたしの死がカリムのせいっていうのは、どうにも納得がいかない。だって、カリムのせいで死ぬ人間は数えきれないくらいたくさんいるのに。それだけの、大勢の中の端っこの席に、座らせてもらうなんて、わたしのプライドが傷つく。

「そういうの、ともだちって言わないと思う」
「口開けろ」
「水は飲むけど、飲んだあともたぶん同じこと言うよ」

 たぶんわたしたちは、今のままじゃ、友達だとはいえないと思うよ。
 その言葉を口にした瞬間、世界の時間が止まる。いや、世界というよりも、わたしの身体の時間が止まる。自分の体内から、水が抜けて行っていくのがわかる。わたしという妖精の中身が、空っぽになろうとしている。昔した約束が、水と一緒に流れ落ちていってしまっているのがわかる。
 カリムが、わたしの肩をつかんで、何かを必死で叫んでいる。それを見つめながら、ああ確かに、わたしはこの男のせいで死ぬのだな、という実感だけが残った。


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