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住処を変えて、長く生きていられる妖精っていうのは、そう多くない。変わり者はどこにだっているものだけれど、生物学的な嗜好・生き方までは変えられない。もうハッキリとは思い出せないけれど、自分がオアシスに長いこといたのは覚えている。なら、きっとオアシスという環境は、わたしの役割に関係しているはずだ。

「だからどうした」
「困ってるんだから助けてくれればいいでしょ」
「俺は暇じゃない」
「わたしは暇だよ」

 だから、ジャミルが暇じゃなくなるまで、何時間でもつきまとうよ。わたしの脅しに、早々に音をあげた召し使いジャミルが、ちょっと待ってろ、とわたしをカリムの寝室に押し込む。そのまま寝落ちして、自然に起きてからもうしばらく待ったが、ジャミルが戻ってきてくれる様子がなかったので、わたしは全てを理解した。アイツ、面倒だからって適当ぶっこいたな、と。
 わたしは、ジャミルの顔にぶちまける用のジュースを厨房から拝借し、広い屋敷を探してまわる。二階の渡り廊下を歩いていると、中庭から聞き覚えのある声が響いてきた。

「今すぐ追い出すべきだ!」
「あいつはオレを殺したいなんて思ってないぜ」
「じゃあ他の奴らが死ぬのは構わないって?」
「ああ、構わない」

 カリムのいつもどおりの快活な声が聞こえる。ジャミルの悪意の込められた言葉に怯むことなく、わたしとの約束を守る、と当たり前のことを言うように、邪悪になることを宣言する。

「自分よりも、他人よりも、オレの家族よりも、オレはアイツの命をとる」

 自分の命がアイツに奪われても、アイツのために自分の大切な人間の命を奪うことになっても、構わない。オレはあの子のために、あの子が生きられるだけの水を用意するだけだ。

「なんでそこまでする?」
「惹かれるんだよ、好きなんだ。植物が、植物を司る妖精に好意をもつのと同じでさ。オレもアイツのことが好きになった」

 オレの目には、あの妖精が、世界でいちばん美しい生き物に見える。
 わたしはその後の言葉を聞くことなく、その場を立ち去った。数刻前にジャミルに突っ込まれたのと同じ部屋に戻って、部屋の中央に置かれたベッドの中に潜り込んだ。わたしは想像してしまう。死にたいと思う自分のことを。大事な誰かが、自分の役割のために死んでいき、それを理由に、弱くて愚かな人間の死を糧に生きている、自分の醜悪さに、吐き気を催す。

「泣いてるのか?」
「目をつむって震えてるだけ」
「そうか、じゃあ目を開けてくれよ」
「やだ」

 ジャミルが戻ってきてくれるはずなのだ。戻ってきて、わたしに指示をくれるはずだ。この家から出ていって、どこかの砂漠か、オアシスかで、飢えてくたばるべきだと、そう言ってくれるはずだ。

「ジャミルを待ってるのか?」
「うん」
「オレがいるのにか?」
「カリムじゃだめなの」

 カリムはわたしのことを大事にしすぎている。不吉な妖精に、惑わされておかしくなっている。

「なあ、喉かわいてないか?」
「かわいてない」
「いいや、水が足りてないはずだ。だって、思い出しかけてるじゃないか」

 カリムがわたしの口の中に、指を突き入れる。魔法の水で満たされていく。

「お前はオアシスの妖精だよ」
「ちがうよ」
「じゃあ豊かさの、贅沢の、財産の妖精だ」
「ちがうんだよ」
「違わないぜ」

 オレの隣にいたら、みんなきっとそう思う。幸福のシンボルだと、お前のことを誤解する。お前自身もきっと、その幻想を信じられる。
 身体が水で満たされていく。砂が吸い込むように、わたしの身体がカリムの水を吸収していく。魔法のように現れて、魔法のようにどこかに消えていく水に構うことなく、カリムが水を出しつづける。そうして、唐突に、わたしの体は限界をむかえる。

「も〜むり、吐く」
「どうだ? 頭はすっきりしたか?」
「めちゃくちゃに詰め込まれて、余計なことを考えるリソースが全くなくなってる」

 何も考えられない。お腹はいっぱいで、目の前には柔らかい大きなベッドがあって、やさしい人間が、わたしの安眠のために、胸を貸そうとしてくれている。

「ジャミルにはオレがいっておくからな」
「何を?」
「なんだっけな?」



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