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今日という日が訪れるまで、わたしは長くオアシスと共にあった。豊かさと共にあったと言い換えてもいい。オアシスとは恵みであり、生命の源であり、自然の気まぐれな微笑みである。それは永遠に存在するものではなく、移動し、縮小し、消滅する。時間制限付きの地上の楽園こそが、わたしの住処だった。
 わたしが住んでいるのは、いつだって、世界でいちばん価値のあるオアシスだ。より多くの生き物が探し求め、争い、奪い合う場所がわたしの家だ。最も多くの命が捧げられたオアシスこそ、わたしが生きるのにふさわしい。緑が生い茂り、花が咲き乱れ、甘い果物と、美味しい水が湧き出る美しい場所。豊かな暮らし、豊かな毎日。そして、沈黙。ただ、沈黙があった。
 水道の整備は、オアシスという存在をより貴重なものに変えた。地下水の組み上げ技術が進歩した結果、水は、人間の都市に集中するようになった。たくさんのオアシスが枯れた。けれど、人間はオアシスを、ほとんど必要としなくなっていた。

「だから消えちゃうのか?」
「そうだよ」

 人間の子どもが、悲しそうに眉を下げる。濃い血の匂いがする子どもが、わたしの頬に手を伸ばした。

「オレじゃだめか?」

 オレがお前の存在を望むよ。オレが必要とするよ。だから、消えてしまうなんて、そんな悲しいことを言わないでくれ。
 その懇願が、どれだけ傲慢なものなのか、きっとこの子どもは理解していない。オアシスっていうのは、全ての生き物の羨望と欲望とが捧げられるものだ。そうでなければいけない。ただの子どもひとりの口約束で、生きながらえられるほど、わたしの存在理由は軽くない。

「君がわたしを生かしてくれるって?」
「ああ、死なないでくれ」

 最後に、子どもひとりの不幸を見届けてから消えるのも悪くないか、とわたしは思った。わたしは質問をする。

「オアシスにいちばん必要なものが何かわかる?」
「水?」
「その通り!」

 さあさあ、水を出してもらおうか。わたしが生き続けられるくらいの水を、国中からかき集めてもらおうか。他人から、家族から奪ってでも、わたしのために、水を集めてきてくれるよね、わたしのともだち。

「どのくらい必要なんだ?」
「砂漠にオアシスをつくれるほどに」

 小さな子どもは、ニッコリと笑顔をみせて、魔力を編む。魔力が水に変わる、変わる、変わる、変わる。


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