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類似性の法則、という言葉がある。これは自分と似た要素をもつ人間に好感をもつ、という人間特有の心の動きを説明したものらしい。つまり、人間のつくった、人間のルールだ。

「悪いけど、妖精にはそういうのないの」
「いいから口開けろ」
「もう水いっぱい飲んだよ、頭ふわふわだよ、でも、それでもわかる」

 水が必要なのは、カリムの方だ。汗だくで、目からボロボロと水が溢れでていて、肩で息をしていて、今にも死にそうな顔をしている。カリムは水でも飲んで、一旦落ち着くべきだ。
 わたしもカリムも、砂漠の真ん中で、湖に落っこちたかのように水浸しだった。濡れた服が、太陽の光に焼かれて熱をもつより先に、冷えた水が頭上からふってくる。

「カリム、風邪ひいちゃうかもね」
「そんなのどうでもいい」

 わたしに馬乗りになったカリムが、途方にくれたような、情けない顔で、わたしの胸に拳をのせる。

「お腹へったのか?」
「お腹はいっぱい。今日も景気良くひとが死んでるみたいだからね」
「オアシスにはお菓子はないぞ、何もない、ただ綺麗なだけで、お前がいるには相応しくない。オアシスなんて、ただの別荘だよ。たまに散歩しにいって、それで十分だろ。オレの部屋のベッドの方が、お前はよく眠れるだろ」

 オアシスなんて、大したものじゃない。お前が大事にしていた、あの小さな箱庭は、オレが一言いえば、すぐに砂に戻ることになる。

「オアシスにもフルーツはあるよ」
「でもお菓子はないぞ? チョコ買ってやるから、一緒にオレと家に帰ろう」
「フルーツの気分なの」
「でも、お前が好きな花の形に切ってない」

 常温だし、あんまり甘くないし、それにヨーグルトもついてない。フルーツはヨーグルトと一緒に食べるのがいちばん美味しいだろ。ガラスの綺麗な器と、手が汚れないようにフォークもいるだろ。

「カリムさあ」
「だ、だって、」
「それなんだよねえ!」

 オアシスが地上の楽園だったら、ジャングルは地上のなんなんだって話だよね? オアシスは虫とかいるし、けど召し使いはいないし、人工物は略奪しないと手に入らないし。世界でいちばんの金持ちのお屋敷こそ、あれこそ完璧な楽園だ。わたしは本物を知ってしまった。

「じゃあなんで、でていっちゃうんだよ」
「カリムがムカつくから」
「えっ」

 カリムの体が硬直する。ぎゅっと握られた拳が、わたしの胸の上で震えている。

「ねえ、わたしのともだち、アンタ、わたしのこと舐めてるでしょ」
「な、なめてない……」
「自分のが偉いと思ってる」
「お前のためならなんでもしてやるよオレは」

 カリムが、聞き分けのない子どもに話しかけるように、わたしの濡れた髪を、やさしく指で梳く。お前の全部を許してやる、求める全部を与えてやる、守ってやる、お前のために。わたしに馬乗りになったままで、やさしい声を出すカリムに、わたしは教えてやる。

「そういうのがムカつく。カリムの助けなんて必要ないの、わたしには」
「必要だよ。オレがいないと、お前は消えちゃうだろ」
「消えないよ。ちょっと生活のレベルが落ちるだけ」

 わたしは死が集まる場所なら、本当はどこでだって生きていける。オアシスである必要すらない。そもそも、オアシスは本物の楽園の劣化品だと、カリム自身が証明してくれた。わたしは天国以外でも生きていける。

「でも、でも、そんなの可哀想だ」
「ころすぞ」
「オレは嫌だよ、お前が惨めな暮らしをするなんて。そんなの、つらいし、可哀想だし、オレが見たくない」

 メソメソと涙をながすカリムに、同じ言葉を復唱させる。頭上に疑問符をとばしながら、素直にわたしの命令に従ったカリムを、わたしは広い心で、許してあげることにした。

「カリムが嫌なら仕方ないね」
「うん?」
「カリムがどうしてもっていうから、わたしを守ってくれてもいいよ。許したげる」
「ああ。オレは、オレのために、お前にしあわせでいてほしいよ」

 わたしは、カリムの膝を叩いて、上下関係を丁寧に教えてやる。わたしはカリムの助けなんか全く必要としてはいないが、カリムが泣いて頼むので、援助されることを許してあげる。ともだちだからね。

「じゃあ、明日からも、オレの水を飲んでくれるのか?」
「飲んであげてもいいよ」

 水を飲んでバカになって、カリムのお気楽な人生に付き合ってあげる。カリムの集めた『死』の責任を、わたしがもらってあげる。そうして最後には一緒に死のう。


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