眠らないことは自分で選んだ




「わたし、魔法使いに生まれたかった」
「そーいうこと大声で言うと、大人がうるせえぞ」
「シンにしか言ってないよ」
「なんでオレに言うんだよ」
「ほかに誰に言えっていうのさ」

消去法かよ、と言おうとして、そのセリフは少しばかり女々しい気がしたので、くちを閉じる。魔法使いになりたい、魔法がつかえるようになりたい、同じ言葉を繰り返すこの女の視線はいつだって空の向こうに向けられている。空ばっかり見てフラフラ歩くものだから、手足は擦り傷と痣だらけ。女なんだから、もっと体を大事にしてればいいのに。

「魔法つかえたらさあ、わたしね、っと」
「あーもー身を乗り出すなって、お前運動神経マイナスな自覚もて」
「へへ、ないすきゃーっち」
「抱きつくな!」

屋上のフェンスから向こう側へ、たった今転がり落ちそうになったのにもかかわらず、ヘラヘラと笑いながら、ひとの首筋に顔を寄せてくる。ゴミ溜めみたいな街で暮らして居るくせに、自分とちがってどこか優しい匂いがするのは、全く不可思議で、だが彼女の笑顔を見ていると、何故か納得してしまう。本人には言わないが。

「バカさ加減でいえば、空くらい飛べそうだけどな」
「馬鹿だと空飛べるの?」
「脳みそ空っぽだなって皮肉だよ」
「それでもいいから、空とびたいなあ」
「空飛んでどーすんだよ、食べるもんもなんもねえのに」

一瞬びっくりしたようにこちらを見つめ、名前はこらえきれないように笑う。よくわからないが、オレのことを笑っているのはわかったので、デコピンを食らわせると、大げさな仕草でこちらを非難してくる。

「シンはいじわるだから、もうお土産あげないからね!」
「おみやげェ?」
「空のむこうには何でもあるんだよ、でももう怒ったから、シンにはお土産用意しませーん」
「飛べない人間がなにいってんだ」
「魔法があるもんねーだ」

魔法使いが人間のお願いを叶えてくれるなんて、万に一つもありはしない。人間は奴らにとって「練習台」で、もし優しい魔法使いがいたとしても、そいつの魔法が空を飛べるものである可能性のほうが低いだろう。
もし、もし、オレが魔法を使えたとして、もしそれが名前の望む魔法だったとしても、それは意味のない仮定だ。だってオレは名前の願いが叶わなければいいって思っているのだから。


でもまあ、オレはあんまり運がいい男ではなく、名前はとても運のいい女だった。日頃の行いのせいかもしれない。まあ理由はなんでもいいのだが、とにかく、名前は魔法で翼を得て、空の彼方へと飛んで行ったらしい。何回も命を助けてやってたこのオレに挨拶のひとつもなく。
「シンによろしくっていっておいて!」って、本人に言え。伝言とかふざけてんのか。何も持たず、翼をもらってその場で飛んでいくなんて、本当に、衝動で生きていて、何も考えてないんだろうなあと思い知らされた。真性のバカだ。

「まあ、そんなお前の帰りをまだ待ってるオレのいうことでもないか」


(お土産はなくても気にしねえからさ)




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