こうふくは君の喉からやってくる




煙さんには敵が多い。煙さんの個人的な敵を殺すのが俺の主な仕事だが、ときには敵以外の魔法使いも殺す。こっちは慈善活動のようなもんだ。「治安維持もオレの役目だ」というのが煙さんの主張で、目に余る魔法使いをみつけたら、わざわざ殺しにいく。ア、殺しに行くのは俺たちか。まあ金を出すのは煙さんなので、俺は言われたとおりに殺すだけだ。できれば強いやつがいいなってくらいか。

今回は後者のほうの仕事だ。始末しなきゃらなんターゲットはひとりだが、とにかく取り巻きが多い。取り巻きのほとんどは最上級の金持ち、つまり楽しい仕事だ。

「で、お前が最後なわけだが」
「つよいねえ、お兄さん」
「なァんか、聞いてたのと違うんだが、ここのボスで合ってるか?」
「わたしがボスだよ」
「麻薬密売組織のボス?」
「うん、わたし、ボス」

ボスって聞くと、俺としては煙さんのような魔法使いを想像してしまうのだが、この女はそういう風には見えなかった。綺麗な服を着ているのはいい、肌ツヤが悪くみえるのは麻薬の売人ならそうかもしれない、でも鎖で繋がれているのはどういうことなのだろうか。

「やりにくいなア」
「もっかいあれやって」
「アレって?」
「佐倉にしたみたいなやつ」

あのツノがついたマスクの、と女が指し示した魔法使いは、バラバラになって内臓を撒き散らしている。いつものやり方だ。無力化し、かつ拷問などもできるので、便利だと評判の魔法である。拷問は得意ではないが、あちらのほうが話は通じそうだ。

「おーい、おまえ、話できるか?できるな?質問に答えろ」
「っぅぐ」
「あの女が名前であってるか?」
「ち、ちがう」
「嘘はやめてくれ、時間の無駄だ」

どうにかこうにか聞き出したことには、まあよくある話で、才能ある魔法使いが搾取されてたってそれだけ。幸福感を感じさせる煙をあの女が魔法で生成し、別の魔法使いが売りさばいていた。よくある話だ。よくある話だが、どうしたものか。

「エッ、その子、連れて帰るんですか?」
「ちんまいし、荷物にはならないだろ」
「ねーさっきのやってー」
「ちょっと静かにしてろ」

女は、思ったよりも聞き分けがよかった。屋敷に戻るまで一言も喋らない。ゴキゲンそうな表情はそのままだが、黙っていると、最初の印象よりも幾分か大人にみえた。

「なるほどな、お前が惚れたのなら仕方ない。彼女は保護しよう」
「ハ!?」
「だが、ファミリーの人間には魔法を使わせるなよ」
「いや、惚れたわけじゃ」
「お前にしてはいい判断だった」

しょうがない、やれやれ、と肩をすくめる煙さんは、俺をダシにして優秀な魔法使いをファミリーに組み込むつもりだ。こういう勝手なところは昔からだ、わかっている。だから自分の顔が赤くなっているのは、自分でも予想外だった。

「ん、アレ、お前まさか」
「惚れたって、顔合わせてまだ5時間とかそこらで」
「おーーーい!能井!ちょっとこい!!!!オメデタだぞ!!!!」
「ヤメろ!!!!!」

あとは二人でごゆっくり、なんて楽しそうな声で言う下っ端をバラしたい気持ちを抑えて、ベッドの上に座る女を見下ろす。

「わたし、お兄さんと結婚するの?」
「誰から聞いた?」
「さっきのひと」
「しない」

なんだ、残念だなあ、と満面の笑みで言う女は、とても残念そうにはみえない。別によろこんでほしいなんて思っちゃいないが、いやべつにショックをうけているわけじゃあないが!?

「結婚したかったなあ」
「なんでだよ」
「お兄さんの魔法、もっかいみたいし」
「......ちょうどいい人間がいない」
「あと、なまえ呼んでほしいし」
「お前のか?」

そんな期待した目をされると、呼べるものも呼べなくなる。なまえを呼ぶだけ、別に特別なことなんか何にもないが、まるで特別なことのように振る舞われると、本当にそのとおりに思えてきてしまう。

「あー、名前」
「はーい!」
「満足したか?」
「じゃあもういっかい」
「名前」
「わたしもなまえ呼んでいい?」
「好きにしろ」

なまえを呼ばれるなんて、特別なことじゃあない。知らん人間がこちらの名前を知っているのもよくあることだし、他人になまえを呼ばれてビビるようなヤワな肝ももっちゃいない。だから、名前が俺のなまえを呼んだときに、これほど動揺したのは、こいつの声があんまりしあわせそうだったからだ。こんな声で男のなまえを呼ぶやつがあるか!


(名前を呼びあった?それだけか?......交換日記でも用意するか?)




感想はこちら



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -