けれど幕は下りない
遠目の印象よりも、おしゃべりだと知った。聞いていた評価よりも大人しく、想像していたよりも子どもっぽかった。色々な面を知って、知ったつもりになっていた。だから、つまり、今はもう、憂太くんはわたしが考えていたようなひとじゃないとわかった。
「考えててくれたの、僕のことを?」
呼吸のリズムが噛み合わない。そういうことが、いちいち気になる。わたしは自分で思っていたよりも神経質だったのかもしれない。憂太くんが見た目よりも大雑把であるのと同じように。
あのさ、と会話を修正しようと試みる。憂太くんはゆっくりと首を捻り、つまりさ、と別の軌道を用意する。
「名前さんが想像してた僕っていうのは、どういうの? どういう感じなんだろう」
「ダメだよ。憂太くんとは違うから」
「思い浮かべてくれた僕っていうのは、あるんでしょ?」
憂太くんのそわそわした浮ついた表情に、思わず口角が浮き上がる。わたしと憂太くんは、いつもこんなふうに浮き足立っている。いつも落ち着きがなく、興奮と緊張を揺れ動き、お互いのせいでぐちゃぐちゃだ。
「ちがう人だよ、全然、憂太くんじゃなかった」
「そっか」
そうだよ。自分の手のひらに乗せられた、昔よりも厚い憂太くんの指を押し返す。つよく押した分だけ、厚みのある爪が骨に近くなる。その場だけの痛みなんかを気にしすぎたから、わたしたちはまだこんな場所にいる。
見慣れないものは、なんであってもキラキラして見える。初めて出会ったものは、唯一のものだと思い込む。川の表面が凍って、数センチの厚みの氷を掴みとれた日みたいに。
「名前さんは出会ってから変わらずずっと、嘘つきですね」
世界なんかどうでもいいって顔が、身勝手さを隠そうとしないやさしさが好きだった。ぼんやりと佇む幽鬼のような男が、学生らしいみっともなさで顔を赤くするのが、今後自分が扱うことはないだろう呪力の塊に触れてはしゃいでいた。自分は恋をしているんだと思った。
こんなものは持っていられない。冷たさで指が痛む。勿体無くて手放せない、なんて気持ちはもう溶けきっている。
「好きなんでしょ、僕みたいなのが」
ばけものみたいな、わたしにだけは優しい恋人を想像していた。目の前にいる憂太くんみたいな人のことを考えていた。でも自分が想像していたより、自分はここにいることに耐えられそうにない。
このひとをひとめ見たら、言えるはずない。
「ねえ、憂太くん」
「名前さんは、優しいね」
呼吸のリズムが合わない。息が詰まる。不安でもう一歩もあるけそうにない。
(心なんて一生不安さ)
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