火がないとにんげんでいられない
これはすごいことだ、と思った。なんでもできると感じた。今こそ向き合うことができるんだ、色々な問題、怒りや欲望に、ひとりで切り込んでいけるんだとおもった。
わたしの演説の先に、単語がひとつ落とされる。
「万能感」
「うん、そう、それ、それでね」
「名前」
傑くんは、困ったようなかおでわたしの指先を片手で包み込む。やさしい声でなぐさめられている。ちょっと不思議なかんじがした。景色もひとも、全てが違って見えたのに。いや、いまも変わらず、前と全てが変わっている。傑くんだけが変わらず、わたしの上から動かない。
「ねえ、傑くんもあった? こういうの」
「まあね」
「覚えてる?」
「覚えているさ」
生まれて初めて呪力が体に満ちたとき、五感が研ぎ澄まされたその瞬間、その万能感。なんでもできるとおもう。なんでもできるなら、やりたいことがある。失敗が存在しないのなら、やるべきことがある。
「力を持った瞬間に叶えようとする欲望なんてみんな間違いだよ」
「でもね」
「本当にやるべきことなら、自分の無力さに関係なくやってるはずだろう?」
でもさ、でもね、傑くん。わたしの言葉の続きを、黙って待っている傑くんに、本当のことを言うのは躊躇われた。傑くんが可哀想だとおもったし、傷つけたくなかったし、わたしはやっぱり死にたくはなかったし。
「これは相談なんですけど」
「うん?」
「仮に、わたしが自分は間違ってましたって言ったらどうなる?」
「君の成長をお祝いして、家でケーキが出るよ」
じゃあそうする、と女はなんでもないことのように口にした。両手を無防備にあげて、既に運んでもらう体勢に入っている。片手で持ち上がる薄さの身体に、先ほどの重みは影も形もない。床に引き倒した瞬間の、彼女が自分に抵抗した重さが、右手に残っている気がした。厄介なことに、それもやっぱり片手で扱える程度の重みだから、これから先も持ち歩くことになるだろう。向き合うこともなく。
「ちなみに、さっきは何処に行くつもりだったんだい?」
「目的地とかはべつに」
何故か突然、果てしない過去から未練がましく引きずっていた、ひとつの小さな夢を、今こそ叶えてしまおうと思い立った。それを覚えてる。
「ただ、一回くらいはやっておかないとなって」
もうやらないよ、腕の中で女が軽やかにわらう。何度も挑戦するようなことじゃない。叶わないなら、まあそんなものだな、と納得できる程度のもの。そうでしょ。
私は彼女に同意を示す。万能感が背中を押してくれることなんて、みんなくだらないことばかりだ。
(すきな女の子を閉じ込めるとか?)
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