お庭に薔薇はいりません
綺麗な女の子はみんなそれなりに幸せで、それなりに不幸である。そういうものだとは聞いている。祈本里香は親と死に別れ、残った肉親には疎まれ、友達もほとんどいなくて、もうすぐで中学生になるっていうのに、未だに男の子にべったりで遊んでいる。何をしても陰口を言われるっていうのは、可哀想だとおもう。でも、みんな持ってる不幸だよ、そんなもの。
「私、名前ちゃんしか呼んでないけど」
りかちゃんが笑って、わたしの腕を引いていく。わたしの友達がひとりもいないところに連れて行って、彼女が好きな男の子と遊んでいるのを眺めている。
わたしの友達は、大体みんなりかちゃんが嫌いで、それは彼女がわたしたちを尊重してくれないからだ。祈本里香が特別ほしいなんて思ってもいない『それなりの幸せ』を、わたしたちの大事にしている価値観の尊重がないから、あなたはみんなから嫌われている。
「でも名前ちゃんもさ、きらいでしょ、あの子たち」
「嫌いじゃないよ」
「名前ちゃんのやさしいとこ、一個も気づいてないのに?」
何をしても嫌われるからって、自分の好きなことを押し通そうとするのはよくない。わたしが頑張って、努力して、やっとつくった友達を、どうでもいいみたいな顔で奪っていく。
「ここいやなら、あっちに戻る?」
「……もう無理だよ」
「じゃあ一緒にいよ」
綺麗な女の子に名前を呼ばれること、その価値を正しく理解してるのは女の子だけだ。綺麗な女の子が特別なことを知っている人間だけ。いつもこの子に腕を引かれて生きてきた。自分ひとりでは歩けない人生を歩いてきた。引っ張られて、ひっぱられて、ここまできていた。
「ねえ、あの、名字さんっ」
「なに? 乙骨くん」
「……やめてあげて」
彼女の好きなひとが、彼女のために顔を歪めている。りかちゃんが嫌がってるから、そういってわたしに頭を下げる、自分より大きな男の子の姿を見るのは好きだった。りかちゃんの陰口を他の女の子から聞くのも、結構すきだった。わたしは祈本里香が歪めてきた全部が好きだった。
目の前の男が血の中に沈むのを見つめる。その場でうずくまっている少年の側にいるだろう、女の子の名前を呼ぶ。
「名字さん」
「りかちゃんの意地悪が移ったんだとおもう」
(わたしたち、ずっといちばんのともだちだったから)
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