わるい神さまを叱ってあげようね
なんで助けてくれなかったの、と女が蹲って泣いている。彼女はその理由を直感しているが、確信はしていない。本当のことを言う、最悪。曖昧な答え、最悪。嘘を吐く、これも最悪。
実際、未来っていうのはこういうものだ。最悪しか残っていない場合もある。けれど幸いにして、自分は最悪を受け入れることには慣れている。より良い未来のために、多くのものを切り捨ててきた。これもそのうちのひとつ。悪いな本当に、でも世界のために死んでくれ。
「彼を助けてたら、名前さんは救えなかった」
「それだけ?」
「うん、それだけ」
それだけだよ。俺にとって、彼の命はそれだけの重みしかなかった。
「わたしの命は?」
「……わかんないんだよねこれが」
俺の言葉は多分、もうあんまり彼女には聞こえてはいないだろう。倒れた男の頬を撫で、それを受け入れるために必死で考えている。自分が迂闊だったから、こうしていればよかった、もっと出来ることがあった、こんなことなら出会わなければよかった、自分のせいで死なせてしまった。
もっと静かに泣けばいいのに、と自分が考えていることにあんまりいい気持ちはしなかった。客観的に見ても嫌な男だ。冷たすぎる。人の死を悼む言葉がうるさいなんて。
「じんさん」
「なに?」
でもさ、迂闊だったのはこの男の方だし、君は俺が思っていた通りに動いていたし、出来ることがあったのにしなかったのは俺だし、出会わなければよかったのは俺と君で、この男を死なせたのは、俺の君への恋心だ。
覚悟を決めた顔で、俺の好きな女の子が、もう死んだ男を背負い込もうとしていた。見ていて無理があったので、俺が代わりに担いであげる。血に濡れた男の服の裾を掴んで、足場の悪い中を危なっかしく歩く女の手を引く。
「そこ段差ね」
「……うん」
自分のために死んだ人間を見るのは初めてです、なんて顔をされると、昔のいろいろが思い出される。もっといっぱい死んでるよ、なんて言ったらこの子はどう思うだろうか。そんな選択を続けていて、俺は俺が恥ずかしくはないのだろうか。
「わたしのこと、助けてくれてありがとう、迅さん」
「わはは、どういたしまして」
なあだからお願いだよ、世界のために死んでくれ、死ぬべきだよ、俺の恋心なんてものは。
(そんなの出会った瞬間からわかってただろ)
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