じきに運命が追いつくから





 子ども時代の一年というのは、大人のそれよりも重たい。同級生の妹というのは、子どものわたしから見ても、遥かに小さな生き物だった。
 だからわたしは彼女に「要らない」と伝えた。わたし、まだ、許せてないから。自分よりも小さな少女は、すみません、と頭を下げてすぐに立ち去った。人に謝ることに慣れきった子どもからの謝罪は、自分の胃を重くさせるだけだった。

「兄の進学先ですけど」
「いいです」
「……はい、すみません」

 人気のない道を歩くのは、明るい道を歩く理由が見つからないから。それに家の住所がこっち側なので。住宅街において閑静であることはステータスだ。理由はいくらでもある。そうしない理由と同じだけ、そうする理由がある。脇見運転で人が死に続けるのは、脇見をする理由が、そうすべきでない理由よりも多いからだよ。
 ……そうだね、人気のない道は危ないってわかっててこの道を選んだし、不良が多いってわかっててあの中学を選んだし、いじめられっ子に消しゴムを貸してあげたのも、誰かに強制された訳じゃない。それをしない理由はいっぱいあったけど、わたしはやっぱりずっと、自分のつらさの全部が憂太くんのせいだと思っている。

「大丈夫?」
「っはい」

 夜にしても暗すぎる。冬にしても寒すぎる。悪夢にしても長すぎる。暴力沙汰で転校した昔の同級生が、刃物を持ってわたしの前に立っている。
 男は左右の暗闇を何度か確認するような動きをして、右に首を傾け、汚れもない口元を袖口で拭い、もう一度わたしを見て、へらりと笑った。

「えーーーっとさ」
「え、はい」
「会いに来るのは、もうちょっと、あの、あとにしようとは、思ってたんだけど」

 名前ちゃんは、僕には会いたくなかったみたいだし、と何もない方角にまた視線を向ける男の持つ刀の切っ先が、地面を擦る。蹴るものもないのに、腰が引けて、右手の爪に土が入り込む。言葉未満の伸ばした寂声が止まり、憂太くんがわたしの右手を掴んだ。

「あのさっ」
「はい」
「えっと、あのさ、あの、は、はたち過ぎたら……とか」

 何かの唸り声が聞こえる。暗闇が視界の端にまで辿り着いてこようとしているのがわかった。乙骨憂太は、わたしの記憶と同じくらいに大きくて、同い年なのに、同い年でもやっぱり、自分よりもはるかに大きな化け物なのだった。わたしが彼の言葉に肯くと、憂太くんはうれしそうに頬を赤くした。

「じゃあ、迎えにくるよ、名前ちゃんが二十歳になったら」

 なんでこんなことしたの? わたしが昔、憂太くんにそう聞いたら、彼はわたしに謝った。謝られたって許せるはずもなく、時間が経ったからってなかったことになるはずもない。
 「まだ許せてない」なんて、そんな風にカッコつけて言うべきじゃなかった。なんであんなふうに言ったんだろうね。なんであんな暗い道を歩いたんだろうね。二十歳になったら、どう変わるんだろうね、わたしたちって。

(とりあえずアマゾンで紫鏡をポチっておく)




感想はこちら



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -