すべての火は業火である




 血塗れの男の子と帰宅途中の暗い道でエンカウントした場合、通り過ぎてなかったことにするタイプの人種だと自分自身を評価していた。危ないとわかっているものにあえて首を突っ込むほど無謀でもないし、自力で危険から切り抜けられるだけの腕力も権力も持ち合わせていない。
 今日は偶然が重なっただけだった。目があった、隣に彼氏がいた、冷蔵庫の中身に余裕があった。何よりもこの大怪我をしている少年は、わたしの地元の同級生だった。奇遇だね、虎杖くん。そう声をかけると、数秒の沈黙の後、彼は観念したような声で返事をした。

「ひさしぶり、名字」

 虎杖悠仁は地元ではそれなりの有名人だった。筋金入りのちゃんとした不良。ちゃんと親はいないし、義理堅く、いじめっこを蹴散らし、ヤクザに将来を期待され、高校の途中で音信不通になった。誰が見ても恥ずかしくない、れっきとした不良少年だった。だから道の隅っこで血塗れで転がっていても、別に違和感はなかった。
 虎杖くんに食事と飲み物を渡して、治療道具を持ってくるのと入れ替わりに、彼氏が奥の寝室に引っ込む。気まずそうな顔で虎杖くんがお説教のようなものを始める。怒っちゃってるよあれ、彼氏サン。貧乏ゆすりをする虎杖くんが、大きな体を小さくして座っているのが、なんだかとても可愛らしく見えた。

「それよりやっぱ、虎杖くんは鉄砲玉とかやってるの?」
「やってないよ! 制服着てるから! ちゃんと見て!」
「でもこれ、刀傷じゃん」

 捲られた袖の内側に指を伸ばす。でこぼことした傷痕を爪でなぞると、虎杖くんの腕の血管がどくりと動く。虎杖くん、いま何してるの?

「……高校生だよ」
「じゃあどんなバイトしてるの?」
「まーいろいろ」

 わたしがたくさん質問しても、虎杖くんは具体的なことは何も教えてくれない。だから虎杖くんがわたしにした質問も、わたしは真面目に答えない。

「名字はさ、なんで俺を家に入れようと思ったの?」
「虎杖くん以外に、人を殺せそうな知り合い、いないから」
「アレを?」

 虎杖くんが、目線だけで寝室の扉を示す。わかんないけどさ、とわたしは誤魔化す。虎杖くんの視線を感じる。けれどわたしは眠ったふりを続ける、自分の膝に額を押さえつけて、知らないふりをする。知らない、知らない、聞こえてない、理解してない、こんなことになるなんておもってなかったから。
 泣きながら謝る。ごめんなさい、本当に。こんなこと、頼むべきじゃなかった。

「名字、聞こえてない、もう死んでる」

 虎杖くんの腕から離れた男の体が床に落下する。虎杖くんの手が伸びてきて、わたしの二の腕を掴む。

「今は、後悔してる?」

 死んで欲しいな、と毎日ずっと考えていた。義理堅く、やさしくて、弱きを助け強きを挫くタイプの知り合いに偶然出会って、ちょうどいいなと考えた。わたしは結構計算高く、打算まみれで、そしていつも選択を間違えている。

「……そっか、よかった」

 虎杖くんは、手早くわたしを室内にあった生活用品で縛りつける。携帯はここ、とわたしから少し離れた位置を指で示し、靴を履き直してからお邪魔しました、と頭を下げた。じゃあね、と笑って軽く手を振って、虎杖くんはわたしの部屋を出て行った。
 それからしばらくあとに、街中、真昼間、人混みで虎杖くんを見かけた。虎杖くんはわたしの腕を引き、信号見て、と一言だけ言って立ち去った。振り向きもせずに。

(「後悔してんの?」「まさか」)




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