このつらさはきっと恋に相応しい




 一生懸命にやることは良いことだ。がんばるのは良いことだ。諦めないことは良いことだ。そんなのみんな知っている。大多数のひとにとって、それらが難しいことも、大多数に含まれる当人たちは理解している。だからわたしたちは、スポーツ選手の試合にお金を払う。一部の才能のあるひとたちを食わせてやってるのは、才能に恵まれなかったその他大勢だってことを、あなたも自覚した方がいい。

「君の生活費を賄っているのは私の稼ぎですけどね」
「家内にミキサーひとつ買ってやれないの、情けないと思わないの?」
「買ってあげました。君の判断で買ったんだから使いなさい」
「2回使った」

 氷月くんが、名前のとおりの冷たい視線でわたしを見下ろす。なんだよ数千円でケチケチしやがってということではないことは、長い付き合いで理解はしている。氷月くんはつまりわたしにこういいたいわけだ。『ちゃんとしてない』と!
 けれどもわかってほしい。ちゃんと出来ないひとはいる。ほとんどのひとは氷月くんのバカ高基準にはついていけない。わたしだってそうだ。ミキサーを日常的に使うのは、氷月くんにミキサーをねだっていたわたしが思っていた以上に大変だったのだ。

「じゃあ聞くけどさぁ!」
「どうぞ」
「何回使ったら許してくれるの?」
「名前さん」
「ごめん」

 真面目な怒られタームに突入したことを察したわたしは、潔く謝罪をする。ごめんなさい。わたしが悪かったです。どうせすぐ使わなくなるという氷月くんの説得を無視して、よく考えずに不必要なものを買いました。謝ります。反省してます。反省してるのでミキサーは押し入れにしまっていいですか?

「今からでもミキサーを活用するという選択肢はないんですか?」
「まあ……はい……」

 ミキサーって洗うのめんどくさいし、すごい音がしてちょっと怖いし、スムージーって想像してたよりも野菜の味がするし。

「私はちゃんとしてる人間が好きです」
「そうらしいね」
「君はちゃんとしてない」
「基準は人によるしね」
「君にはがっかりしています」

 氷月くんは、不機嫌にわずかな悲しさが混じったような声でこぼす。氷月くんの中には、まだわたしへの期待が残っていたらしい。出会ってずっと、何回でも何十回でも、毎日のようにわたしに落胆して、裏切られて、なのにまだわたしの前でぐちぐちと小言を言い続けている。

「たぶんさ、わたしはあんまりちゃんとしてないよ」
「そうやって自分の欠点を矮小化した表現をすることから改善すべきです」
「でも氷月くんはわたしが好きなんだから、しょうがないよ、あきらめよ」
「諦めません」

 君は本当はもっと違うはずなんだから、とでも言いたげな表情で、氷月くんはわたしに妥協案をひとつ提示した。

「食材の撹乱作業とミキサーの洗浄は私がやります。だから責任もってミキサーを使いなさい」
「まあ……氷月くんがそれでいいなら……?」

 氷月くんは、とても努力家だ。すごいと思う。本当に。

「氷月くんってめちゃくちゃわたしのこと好きだよね」
「私は間違えません」
「まあ恋は主観的なものだから……」
「私は間違ってません」

(頭いいひとってたまにすごい頭悪いよね)




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