地獄で誰よりもしあわせになってね





 いつも本気で恋をしている。恋心に身を捧げ、命をかけて、誓いを交わした。

「そうだろうね」
「信じてくれるの?」
「嫌いになったんだろう、誰にでもある」

 いつも本気で恋をして、恋人に全てを捧げ、永遠を誓い合う。そしてある日突然、嫌いになる。「あなたの愛を失ったその瞬間、わたしの命も消えますように」そう願っていた自分自身の恋心が、いつの間にか消え去って、あとに気まずい男女が残る。
 驚くべきことに、これは本当に驚嘆に値する事実なのだけれど、劇的な恋が失われる瞬間に、劇的なことは起こり得ない。恋は特別なものなはず。特別でないとしたら、それは単なる気の迷い。つまり愚かで幼稚な子どもの夢! ひとの命を道連れにするような、誰にでもできる気概すら、わたしの恋になかったことが、わたしは本当に恥ずかしい。

「つまり君は死にたいのかい?」
「ううん、特別になりたいだけ」
「特別になってどうするのさ」
「今より幸せになるの」

 幸せな瞬間は長い人生の一瞬でも構わない。けれど、特別である瞬間は、瞬時に終わってしまっては意味がない。いつまでも幸せに暮らすよりも、わたしは名誉と称賛が欲しい。舞台の終わりのその後に、カーテンコールで迎えられる悪役になりたい。

「つまりね」
「うん」
「わたしは別に恋に恋してるって訳じゃあないの」
「なら何に恋してるの?」

 やさしい言葉は大好きだ。オベロンがわたしにくれる言葉はいつも温かで、威厳があり、格式高く、滑稽で、賑やかで、真実味があり、ひとの心を慰める。けれどそれだけ。わたしの手の中に残るものは何にもない。

「じゃあ宝石をあげようか。手のひらいっぱいに」
「宝石が愛の言葉よりも特別だとは思えない」
「誰の目にも確かに見える、それが価値のあるものの条件さ」
「でも特別じゃない」

 オベロン、オベロン、妖精たちの王様。恋多く、節操なしの、暗い森で空をみるひと。

「誰の目にも映らない、何の価値も無いものを大事にしたいの」
「それはとても愚かだね」

 人事のように、オベロンは呟いた。平坦な声色には何の感情もこもっていない。

「ねえオベロン、聞いてもいいかな」
「どうぞ」
「オベロンはなんでわたしに優しくしてくれるの?」
「僕は誰にだって優しいとも」

 毎朝ベッドで目が覚める。オベロンがおはよう、と笑って、わたしに慰めの言葉をかける。今回もかなりキマってた。狂気に満ちて、不合理で、君の恋心は明日にも君を殺していただろう。正気に戻ってよかったね。君の心臓が、あんな人間のために止まることにならなくて安心した。理性があればわかること、朝になればわかること、目と耳がちゃんとサボらず働けば、君はこんなに賢い良い子だ。

「オベロンは」
「うん」
「恋とかしないの?」
「僕はね、目に見えないものは信じちゃいないのさ」

(『いっそ世界も終わってしまえ!』)




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