どうかあなたがここにいて




「名前ちゃんさあ」
「……」
「明日はやいんでしょ、寝ないの?」

 俺が子守唄うたってあげよっか、とニコニコとわらう青年の顎がわたしの膝の上に乗せられる。わたしはその綺麗なお顔の上、青年のおでこにスマホを置いて、ゲームの続きをする。イベントは明日まで、つまり今日の夜が勝負であることが、この男には理解できないのは仕方ない。だっていかにもソシャゲをやらない種類の生き物だろう、呪いなんてものは。

「ね〜これ明日の仕事よりも大事?」
「そうだよ」
「でもお金にならないじゃん、俺でも知ってるよ」
「あのね」
「うん」

 イベントの画面を見せる。真人くんは首を傾げる。キャラクターがこちらに喋りかけてくれるのを聞かせてあげる。真人くんは首を逆の方向に傾けて、もう一度違う角度からスマホの画面を見つめて不満げな声を出す。

「だから?」
「こういう優しい言葉がないと、人間生きていけないもんなんだよ」
「俺だって名前ちゃんにやさしいだろ」

 ずっと一緒にいるのに。ずっと手を繋いで、君が寝るまでそばにいて、誰からだって守ってあげてるのに。俺は名前ちゃんが好きなのに。
 なんで?と真人くんはわたしに質問をする。わたしは答えを返す。貴方が人間じゃないから。

「俺はこれより大事じゃないってこと?」
「そうだね」

 なんで?と真人くんは泣きそうな顔をする。つぎはぎの腕が、わたしの肩に伸び、触れる前に地面に落ちる。わたしは真人くんの前に座って、彼の背中に手をまわす。少しだけ暖かく、わずかな振動と、骨と肉の感触。やさしくて、美しい、わたしのことが好きな、わたしにしか見えないひと。

「だって、ねえ、意味ないでしょ」
「なんで」
「真人くんがわたしを好きだって、他の誰にもわからないし、認めてもらえないなら、そんなの愛されてないのとおんなじ」
「俺と君が知ってたら十分じゃないの?」

 そんなのいやだよ。どうせいつか、死体も残さず空気に溶けて消えてしまうくせに。写真にも姿を残してくれないのに、貴方にもらったやさしさを、ずっと忘れず持ち続けることなんて不可能だ。
 真人くんがいなくなって、わたしが友人に質問する。「ねえ、わたしの隣にいた綺麗なあのひとさ」みんなはそんな人なんていなかったって言うだろう。わたしが見てた幻だって。

「見えてるだろ?」
「みえてるよ」
「それじゃだめ?」
「だめだよ」

 真人くんの手のひらが、わたしのまぶたを閉じさせる。

「名前ちゃんの死体が人間どもに見つかったらさ」
「うん」
「俺たちは愛し合ってたってことになるかな」

 わたしは真人くんの疑問に肯定を返す。わたしが証明するよ、みんなに認めさせるよ、真人くんが本当にわたしのことを愛していたって。そのためなら、わたし、死んでもいいよ。

「そっか」
「そうだよ」

(呪いに相応しい愛し方)




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