花などなくてもここは春です




「意味ないのかな」

 わたしの口からこぼれた泣き言に、アーラシュさんは何も返してくれない。わたしの不安も期待も、全部を知ってるくせに、答えを教えてくれないのは、ずるいと思った。

「わたし、アーラシュさんのことすきになりたい、すきにさせてくださいよ」
「うん、そうか」
「すきになりたい、お願いします、もういやなんです」

 自分の感情が、自分ではコントロールできなくなっている。でもどうしようもない。涙は勝手に流れるし、体には力が入らない。ぐずぐずと泣きながら、ベッドの上で座り込むわたしを、アーラシュさんがすぐ近くで支えてくれる。

 もういいじゃないか。この人でいいじゃないか。
 嫌がるから嫌なのだ。怖がるから、怖いのだ。だったら、アーラシュさんのことをすきになればいいじゃないか。いつか、この人をすきになる時が来るのであれば、それは今でもいいじゃないか。どうせ諦めるのなら、それまでの抵抗に、意味なんてないじゃないか。

「よし、もう一回、最初から考えてみよう」
「最初から......?」
「名前は本当に俺のことが好きじゃないのか?」
「、すきじゃない」
「本当に?」

 アーラシュさんの表情はいつもどおり優しいのに、まるで問いただされているような気持ちになる。ぎゅ、と自分のスカートを握るわたしの手のひらに、アーラシュさんの手が重ねられる。戦う人の手のひらだ。もうすっかり、見慣れてしまった、アーラシュさんの手のひらを見つめながら、自分の気持ちを思い返す。

「だって、アーラシュさんは、こわいから、」
「怖いことなんかひとつもないさ」
「怖いんです、だって怖い、」
「勘違いだよ。俺は名前の味方だ」
「みかた.....?」
「名前は混乱してるんだ。大丈夫だ、ゆっくり考えよう」

 わたしが不安を口にして、アーラシュさんが否定して、それをひとつひとつ繰り返す。アーラシュさんの言うことは、ぜんぶ本当のことのように聞こえて、わたしが少し否定しても、すぐにそれが勘違いだと説明してくれる。なによりも、アーラシュさんの語る『本当』は、わたしにとっても都合が良かった。

「じゃあ、じゃあ、えっと、」
「俺が名前に飽きる?はは、それこそありえないな」
「アーラシュさんは、」
「ああ、好きだよ。名前は何も心配しなくていい」

 顔を上げると、アーラシュさんがいつもどおりの笑顔をわたしに向けてくれている。言いたいことは、疑問も不安も、全部、わたしが口にするより先に、アーラシュさんが否定してくれる。もうこれ以上、わたしに何が言えるだろうか。口を開けて、閉じて、でも言葉はひとつも出てこない。そんなわたしの頬に、アーラシュさんの手のひらが添えられる。目と目が合って、一拍置いて、アーラシュさんが口を開いた。

「名前は俺のことが好きなんだよな?」
「......」
「大丈夫だ、ここには俺しかいない」
「わたしは、アーラシュさんのことが、」
「うん」
「好きです」

 言い終わるとほぼ同時に、アーラシュさんの顔が近づいてくる。何も言われずとも、わたしは自然と目を閉じていた。目を閉じると同時に、目から涙が落ちたけれど、わたしはもう何も恐れてはいなかった。久しく感じていなかった、安心感の中で、わたしはアーラシュさんの腕に身を任せた。


(本人が好きになりたいって言ったんだから、俺はちょっと手伝っただけだよ)




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