おとぎばなしだけの奇跡




※主人公がちょっと頭おかしい

どこに住んでるのかも、何で生計を立てているのかも、年齢も、どうしてわたしに優しくしてくれるのかも、何も知らない。教えてもらった名前が本名かどうかも、確認できる術はない。
でも、学校の帰り道、いつも公園で待っててくれる、龍之介さんのことを好きになるのに、そんなに時間はかからなかった。

「あの、好きっていったら、迷惑ですか」

「どのくらい好き?」

いろんな返事のパターンを想像していたけれど、これはちょっと予想外だった。龍之介さんの甘えるような仕草に、心臓がドキドキと音を立てる。な、なんか、恋人同士みたいな会話じゃない?なんて。

「え、えっと、いちばん好きです、」

「そっか、俺も、名前ちゃんのこと、いちばん好きだよ」

「えっ」

「明日、俺の家、来てくれる?」

いきなりのお誘いに、わたしは一も二もなく頷いていた。お母さんやお父さんが聞いたら、「そんな怪しい誘いに乗るなんて!」とめちゃくちゃに怒られそうだけれど、でも、いまのわたしは自分でも止められそうになかった。だって好きなんだもん。龍之介さんのこと、わたし、何も知らないけど、でも、何ヶ月も、わたしみたいな子どもの話に付き合ってくれた、龍之介さんの優しさなら知ってるから。他のことは、これから知っていけばいいもんね。

次の日、制服をアイロンでピシッと伸ばして、下着もいちばんいいやつを着て、いつもの公園に向かう。

「じゃあ行こっか」

「......はい」

龍之介さんが、自然にわたしの手をとる。は、はじめて触ってくれた......!それだけで、嬉しさとか緊張とかでいっぱいいっぱいになってしまって、返事が小さくなってしまうわたしを、いつもの笑顔で龍之介さんが見下ろしていた。あ〜格好いい、ダメだ、今日がわたしの命日かもしれない。

「ここだよ、さ、入って入って」

「し、失礼します!」

靴を脱いで、部屋の中に入ると、色々なものが散らばっていた。何に使うのかよくわからないものがいっぱいだ。美大生とかなのかな。ガチャリ、と部屋の鍵が閉められた音に振り向くと、龍之介さんがニコニコとわたしを見つめている。きょろきょろしていたのが恥ずかしくなって、その場で立ち止まる。

「そこの椅子座っててね、すぐ準備するから」

「はい!」

机も何もないのに、部屋の中央に置かれた木製の椅子は、不思議な存在感を放ってその場にあった。不思議に思いつつも、家主の許可が出たので座らせてもらう。
床に置かれた箱の中を探っていた龍之介さんが、ロープを手にわたしの方に近づいてくる。

「りゅ、龍之介さん?え?あれ?」

「名前ちゃんはにぶいよねぇ、よくいままで無事でいられたね」

気づいたときには、椅子に縛り付けられていた。......もしかして、龍之介さんって悪い大人だったのだろうか。しょ、ショックだ、これから起こることとか、そういうことよりも、好きって言ってくれたあの笑顔が嘘だったことがショックで悲しくなってくる。

「わたしのこと、好きっていってくれたの、嘘だったんですか、」

「嘘じゃないよ。好きでもない女の子と、あんなにいっぱい喋ったりしないって」

「ほんとですか!?よ、よかったぁ......」

「、名前ちゃん、俺のこと、本当に好きなんだねぇ」

慈しむように、優しく手の甲を撫でられて、しばらく、自分が置かれている状況を忘れる。でも、あれ、じゃあ何でわたし縛られてるんだろう。

「俺、ずっと、ずーっと、名前ちゃんのこと好きでいたいんだよ。だからさ、俺に殺されてくれない?」

「え、殺すって、」

「俺のことをいちばん好きでいてくれる名前ちゃんを、永遠に残しておきたいんだ。名前ちゃんのいちばんが、俺以外に変わる前にさ」

「でも、わたしが死んだら、龍之介さん、別の女の人を好きになるかもしれない......」

「俺の愛は風化したりしないよ。約束する。骨も肉も内臓も、全部ちゃんと愛し続けるからさ、ね、いいでしょ?」

「うーん、まあ、それならいいかなぁ」

「......え、いいの?」

「痛くないようにお願いします!」

「本気?俺はマジで殺せるよ?」

「殺してもいいですけど、龍之介さんのいちばんはわたしにくださいね」

わたしみたいな平凡な人間の命ひとつで、こんな素敵な人から永遠の愛をもらえるなんて、それはきっとすごく幸せなことだなと思う。なんて、ちょっと重たいかな。

「うん、一生大事にする。ずっと一緒にいようね」

「わたしのこと好きになってくれて、ありがとうございます」

「じゃあ、ばいばい、大好きだよ」

ちゅ、と触れるだけのキスをされたのを感じ取ったのと同時に、わたしの意識は闇に落ちた。


(今日がわたしたちの結婚式)




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