きみのゆびさきがかわいいから




 毎週送られてくる「仕送り」は、パーティーに着ていくドレスと靴に消えていく。家賃については関与していないので分からないし、自分では上手くつくれない食事も外で食べる。そういう毎日が嫌になった、とわたしは弟に言う。ゼノは微笑みながら、そうだろうねと言う。
 わたしはちょっぴり安心して、先ほどよりも落ち着いた声で、練習すれば、必要に迫られれば、わたしも人並みにできるようになるはずだという自説を主張した。家計簿もつけられるし、貯金もできるし、家事もできるようになる。ゼノがいなくなれば、わたしはきっとゼノみたいになれる。優秀な人間になれる。結婚だってできる。
 うんうん、と相槌を打つ弟は、わたしの指先を撫でながら、教師のような声をわたしに向ける。

「でもそれは諦めたんだろう」

 心臓がどきりとした。やろうと思っていなかった悪事が露見した子どもよりも分かりやすく、わたしは狼狽する。

「頭の悪い女と結婚したがるのは不出来な男だけだよ」
「でも、わたし、可愛いでしょ」
「とてもね」

 ずっと昔、ほんとうに小さかったころ、わたしは優秀な子どもだった。算数も語学も歴史も、何でも人より上手くできた。ちょっとだけ計算が早くできることに、大した意味もないことはわたしも両親もすぐに理解したのだけれど。

「姉さんは綺麗なんだから、それ以外に何もできなくても良いじゃないか」
「やればできるよ」
「じゃあやらなければ良い」

 21世紀の先進的な国家と家庭に生まれたことは、きっと弟にとって最大の幸運のうちのひとつだ。けれど、その環境はわたしの心をひしゃげさせる。やろうと思えばなんだって出来る時代、なんだって学べる環境で、わたしは弟よりも上手くできないことを恐れて何もしていない。
 やりたくないことをやる必要なんてない、弟はいつもわたしにそう言う。自由で美しい女性には、そうする権利がある、僕はそれを支援する、と。そんなのは間違ってると口にすることはできても、実行にうつすことができずに、今日まで生きていることこそ、わたしが弟とは違う生き物であることの証明だ。本当に優秀で、目的の実現を必ず達成する人間には成れないことの証明。それを言い訳に、わたしはまだ座り込んだまま、立ち上がれていない。

「姉さん」
「なに、ゼノ」
「感謝しているよ、僕をいつも支えてくれることに」
「……うん」

 言い訳はゼノが用意してくれている。住む家も、遊ぶお金も、ゼノが用意してくれている。わたしが不安になったときには抱きしめてくれる。かわいい女の子でいることさえすれば、わたしをゼノ・ヒューストン・ウィングフィールドの姉として尊重してくれる。尊重されるように取り計らってくれる。ここまでされて、わたしが不幸な顔をしているのは、21世紀のせいだ。

「アメリカが出来るよりずーっと前に生まれてたらさ、ゼノはどうなってたかな」
「姉さんと結婚してたかもだね」
「そうかもね」
「そうとも」

(優秀な人間がひとりのために生きることなんて許されないからね)




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