わたしの守護天使へ




 子どもが悪いことをするのは、親に愛してほしいからだと言うひとがいる。そんなのは嘘っぱちだ。子どもの悪意をバカにしている。子どもの悪性を無視した大人の、一方的な決めつけだ。

「僕が守ってあげるから」

 憂太くんは、眉を下げて、わたしの両手を握り込む。悲痛そうなその視線は、わたしへのいつくしみと、憐憫と軽視で満ちている。その手を振り払おうとして、けれどそれは不可能だと知る。わたしは口を開いて、憂太くんの手から離れようとする。そういう全ての抵抗を、乙骨憂太は痛ましげな表情で無視した。

「名前ちゃん」
「ほっといてよ」
「放って置くはずないだろ」

 語気を荒げた憂太くんが、一転して泣きそうな声で謝る。僕は君には怒ってない、怒ることなんてしない、とわたしの両手に祈るように声を落とす。君のためになんでもする、そう言って膝を地面に着ける憂太くんの言葉が、わたしへの恭順でないことは、彼の後ろにある死体が証明している。
 殺さないでって言ったのに。そう音にした瞬間、目の端から涙が落ちる。わたしの顔をじっと見つめる憂太くんが、安心したように微笑む。名前ちゃんはやっぱりいい子だね、とわたしの後悔を褒めるように、わたしの背中に腕をまわす。

「いいんだよ名前ちゃん」
「よくない」
「気にしなくてもいいよ」

 一緒に帰ろう、と憂太くんがわたしにやさしく笑いかけた。彼のその愛情の深さは疑うまでもなく、自分自身の中にも、彼への愛情を錯覚してしまいそうになるほどだった。

「わたしは子どもじゃない」
「そうだね、結婚もできる」

 言葉に詰まるわたしを背負い込んで、憂太くんはさっさと歩き出す。どんな顔をしているのか、わたしの方からは見えないけれど、いつも通りの能天気な顔をしているのだろうなと思う。すれ違うひとたちの視線が、一瞬こちらに向けられ、そのまま通り過ぎていく。
 わたしは何個か、わがままを口にする。お腹すいた、喉も渇いた、桜を見てから帰りたい。そのひとつひとつのお願いを、何でも無いことのように叶えてくれる憂太くんの背中に揺られながら、わたしは死んじゃいたいなあとつぶやく。憂太くんは何も言わなかった。もしかしたら本当に聞こえていないのかもしれない。憂太くんの心のうちなんて、わたしみたいな人間には理解なんてできるはずもない。

「わたし、憂太くんきらい」
「そっか」
「傷つかないの?」
「名前ちゃんは僕に傷ついてほしいの?」
「そうかも」

 僕も好きだよ、と憂太くんはいつも通りの声で答えた。わたしは目を閉じて、憂太くんの背中に額を押し付ける。わたしは憂太くんのこと嫌い、と自分に言い聞かせる。自分に信じさせる。そうじゃなきゃ、今までのわたしがしてきた「わるいこと」への言い訳が、意味が消えて無くなってしまう。

(愛のためなら何をしてもいいんだよ)




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