誰もいない君のそばから観測する




 五条先生は、自分の生徒たちを「新しい世代」だといった。特別につよい人間が当たり前になる世代、時代。そういう中でも、やっぱりわたしみたいな呪術師もいるわけだけれど。
 わたしは呪術師をやめることにした。それは死への恐れがいちばんの理由だけれど、もっというと実力不足が理由だ。実力がないから、わたしは他のみんなよりも死に近い。「大丈夫?」とわたしに手を伸ばしてくれる乙骨憂太を見上げながら、わたしが感じていたのは、感謝ではなく妬みだった。
 命を削っているのはみんな同じだ。命をかけているのは彼も同じだ。けれど、わたしは割に合わないなあとおもった。

「憂太くん」
「どうしたの? 怪我してる?」

 立ち上がらないわたしに、憂太くんが、心配そうに手のひらを私の身体に当てる。足から順番に、確かめるように憂太くんの手のひらが触れて、最後にわたしの頬にのせられた。

「わたし、海外行くんだ」
「えっとうん? 旅行?」
「呪術師やめるの、憂太くんには先にいっておこうとおもって」

 憂太くんはいつもわたしのことを気にかけてくれていた。怪我をしないように、死なないように、視界のすみっこに、自分の背中の後ろにわたしがいるようにしてくれていた。だから今のわたしの命の半分は親のおかげ、残りの半分は憂太くんのおかげといっても過言ではないのかもしれない。

「なんでやめるの?」
「死ぬのが怖くなったから」
「でも、国外は少し危なくないかな」

 憂太くんは、控えめな表情で、心配そうな声を出した。何があるかわからないよ、と言う声は、わたしよりも震えている。それが少し面白く感じたのは、たぶん恐怖心だとかが全部麻痺していたせいた。憂太くんみたいな、呪いもひとも簡単に壊せる男が、いったい何を怖がることがあるのか、とわたしは聞く。彼はわたしの目の奥を覗き込みながら、静かな声で答えた。

「君が死ぬのが怖い」
「一応わたしも呪術師だよ、大した呪いもない国外じゃ死んだりしないよ」
「名前ちゃんは弱いよ」
「憂太くん」
「君は弱いんだから、死ぬよ」

 憂太くんの瞳には、涙が滲んでいた。わたしにしがみつく、わたしよりひとまわり大きな身体は震えていた。弱々しくわたしに懇願する男の内側で、質量までありそうな膨大な呪力が渦巻いていた。

「死なせないよ君は、僕が死なせない」
「わたしは」
「呪術師なんかやめてもいいよ、やめるべきだよ」

 でも、僕からは離れないで。憂太くんの目から溢れた涙が、わたしの制服を濡らす。わたしが憂太くんの涙を手のひらで拭ってあげると、安心したように憂太くんはわらった。ありがとう、とわたしの名前を呼ぶ。それで全部おわりになって、わたしはそれから一度も呪術高専に足を踏み入れることはなくなった。

(ずっと死ぬまで死なずにここにいてね)




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