安っぽいきみの魔法は




「ちょっと軽率だと思うよ」

 男の指が、わたしの耳のうしろを撫でる。わたしは首をすこし傾けて、どういうのが?とたずねた。こういうのが、と男は答える。
 都会の喧騒から一本路地を抜けて、建物と建物の隙間に体を滑り込ませたら、わたしたちは誰の目にもうつらない。恋人同士ならそれもいいかもしれないけれど、残念ながらわたしたちは赤の他人だ。さっき目があって、わたしが彼を誘惑して、彼はそれに応えた、それだけの関係。

「お説教?」
「そうだよ」
「不良みたいな見た目してるくせに」
「君の方は、生真面目そうな見た目をしてるくせに奔放だね」

 なんだか嫌なかんじだった。わたしはもうこれ以上、この小綺麗な不良のお兄さんとお話するのも嫌になったので、さっさと本題にはいる。

「めんどくさいからさ、お金だけ置いてってくれる?」
「私とキスがしたいから着いてこいって話だったろ」
「それは建前、本音はカツアゲです」
「へえ、君が私に?」

 わたしは別に格闘だなんだ、そういうものをやってるわけではない。もっと特殊で、もっと合法的な暴力の手段をもってる。生まれつき使える、ふしぎなちから。まあよくわからんけどくらえ!

「呪詛師……と呼ぶにはお粗末か」
「え」

 男はわたしを見下ろしながら、静かに微笑みをうかべる。お説教はまだ終わってないよ、といいながら、わたしの顎を片手で掴んだ。
 数秒間、わたしは今の状況について考える。わたしのふしぎパワーはたまに不発だが、今回は手応えがあった。でも目の前のお兄さんはピンピンしてる。なんなら目視もしていた。

「あの」
「うん?」
「ごめんなさいゆるしてください」
「私は優しいからいいけどね、世間は優しくないよ」
「でも証拠とかないし……」
「言い訳はしない」

 言葉につまるわたしに、男はそもそも、とよくわからない話をつらつらと続ける。耳慣れない単語が多すぎて頭にはいってこない。
 ハズレを引いたなあと思いつつ、わたしは大人しく、この見た目に反して真面目な男が満足するのを待つことにした。

「うーん君さ」
「はい」
「反省してないでしょ」
「してます」

 しばらくわたしたちは見つめ合い、次の瞬間に男がわたしの唇に噛みつく。抵抗をするとかそういう筋力差ではなかった。馬鹿みたいにつよい力で顔を掴まれて、やっと空気が吸えたときには、わたしの息はすっかりあがってしまっていた。

「私は馬鹿な女は好きじゃないんだ」
「ぅ、え、」
「だから君には勉強をしてもらうよ」

 男の言ってることは、ほとんど頭にはいってこなかった。初めて男のひととキスをしてしまった衝撃で、勝手に目から涙が溢れる。そんなわたしをみて、今までの余裕はどこにいったのか、みてわかるほどに狼狽いする男の名前を知ったのは、この少しあとだ。

(キスの合意はとってたはずだろ!)




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