幕を引いてしまうまえに




 恋がしたいなあ、とおもったときに、いちばん身近な男の子は憂太くんだった。真希ちゃんは恋バナをするには少し真面目すぎるし、パンダは不真面目すぎる。狗巻くんとの会話はレベルが高い。というわけで、わたしは憂太くんに恋愛相談をした。それほど突っ込んだ内容のものではなく、どちらかといえば曖昧で、ぼんやりとした、何となく青春的なことがしたいなあという、内容のない雑談のような相談だった。話を聞いてくれるだけでわたしは満足だったし、それ以上のことは想像もしていなかった。

「うんうん、それで?」
「先生、なんでそんなに楽しそうなんですか?」
「名前ちゃんがやつれてるのが面白いから」

 生徒からの真剣な人生相談を受けているのに、深刻な顔をするどころか、指を刺してわらってくる五条先生に、怒りよりも涙がわいてくる。このままわたしが痴情のもつれで死んでしまっても構わないというのだろうか? 呪術高専にいたら、それこそ殉死する生徒は山のようにいるだろうが、こんな馬鹿げた理由で死ぬ女は滅多にいないだろう。

「どうしようもなにも、素直にお前の女が怖いから付き合えないっていえばいいじゃん」
「いちおうわたしも里香ちゃんの幼なじみですよ、里香ちゃんは怖くないです」
「じゃあなんで死ぬ死ぬ言ってんの? ずっと乙骨憂太のストッパーやってた女の子がさ」

 憂太くんはやさしい。とてもやさしい。誰も傷つけたくないと言うその言葉は本心からのものだろうし、わたしのことを大事にしたい、と顔を赤くしながら言ってくれた言葉も本物だろう。でも、憂太くんが何人もの人間を衝動的に壊してきたのも、また事実だ。

「へー、憂太のこと怖いの?」

 ずいぶんと薄情だねえ、とわらう五条先生の本心は目隠しと笑顔に覆われていてわからない。でも、たぶん軽蔑されただろうなということは理解できた。
 わたしは乙骨憂太がこわい。ひとを簡単に殺せる男がこわい。わたしのことを好きだと言う男がこわい。ただ呪いが見えるだけのわたしを、呪術高専まで引っ張ってきた、乙骨憂太のことを疎んでいる。
 本当は、こんな場所になんて来たくなかった。憂太くんの制止役なんて、放棄して逃げ出したかった。彼のことを止めるために、声を出して、その腕を掴むたびに、次は自分が死ぬかもしれないことがこわくて仕方がない。憂太くんからのやさしさと、憂太くんからの愛情を、自分の命を代償にしてまで欲しいとは思えない。わたしの告白に、五条先生はいつも通りの軽い声で、じゃあ、とわたしの肩に手を置く。

「僕が守ってあげようか」
「……なにから?」
「乙骨憂太、呪い、事故、全ての死、君が疎んでる全部から」

 わたしは何も言えなかった。何も言葉が出てこないまま、ただ重力に負けるように、顔が前に落ちた。

「というわけだ、悪いね憂太」
「え」
「本当ですよ、最悪な教師ですね」

 憂太くんが、困ったような微笑みで、わたしと五条先生の間に手を伸ばす。詭弁を弄して、弱い彼女を騙して、どうするつもりですか? と首を傾げる。わたしは何か言い訳をしようとして、それを五条先生の手のひらが制止した。

「いいよ、何も言わなくて」
「あの、憂太くんわたし」
「名前ちゃんがそうしたいなら、五条先生と付き合ってもいいけど、僕も別れないよ」

 憂太くんが、ゆるりと目を細めながら、穏やかに言葉をつむぐ。

「僕を嫌いになる理由より、五条先生を嫌いになる理由の方がきっと多いから。怖くなったら、僕を頼ってくれれば、それでいいよ」
「もちろん、僕のことも頼ってくれていいからね」

 なんでこんなことになったんだろうなあ、とわたしは震える自分の指先を見つめる。ちょっとした青春が欲しかった。ここにいたら、きっとそのうち死んじゃうんだろうな、とおもったから、少しの幸せが欲しかっただけだ。そういう言い訳の全部が音になる前に、わたしの手のひらを大きな男の手が包み込んだ。

(公然の恋人ふたり)




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