為るべくして為るのなら




 むかしから、特別扱いを受けて生きていた。わたしの母もそう。母の母も、そのまた母親もおなじ。何の義務もなく、何の条件もなく、母の娘であるというそれだけの理由で、わたしの家にはお金があった。
 『呼び出し』があったときに、わたしは無視をした。友だちとの約束があったのと、餌のように提示された報酬の金額にはあまり惹かれなかったから。たぶんそれは正しかった。黒服の大人に囲まれてのせられた車は、明らかに改造車だったし、堅気の雰囲気ではなかった。警察に相談するにしても、金銭的な負い目がある。まあもちろん後から相談には行くけれども。とくかく今現在、わたしは小さくなって、粛々と黒服の男たちの指示にしたがっていた。

「これから虎杖悠仁の視界500m前方を車で通過します」
「はい」
「視線は膝の下に、視線は何があっても合わせないようにしてください」
「……はい」

 なんの儀式なのか、まったく理解できなかった。虎杖悠仁が誰なのかも知らないし、車でそのひとの前方を通過する意味もわからない。オカルトチックな不可解さと、真剣さがあった。ヤバい宗教とかの匂いがした。そもそも、何の見返りもなく、接触すらなく一個人に金を払い続ける組織がふつうのはずもなかったことに、わたしは今更思い至った。

「接触します」「監視報告は」「反応無し」「……」「……」

 数十分のドライブだったけれど、わたしは精神的に疲れ切っていた。ヘトヘトだった。ヤバい団体からだらだらとお金を受け取り続ける危険性について、母に訴える必要があるなとおもいつつ家に帰る。
 次の日、家に銀髪の男が訪れ、わたしは虎杖悠仁という少年の前に立たされることになった。

「何だ、わざわざ連れてきたのか、ご苦労なことだ」
「僕に恩を感じてくれてもいいんじゃあないの?両面宿儺」
「殺すには惜しい女だろう、貴様らにとってもな」

 難しい顔をした少年は口を開いていないのに、その声は彼の方から聞こえた。その瞳はわたしの一挙一動を見逃さないとでもいうように、瞬きもせずにわたしを射抜いていた。

「上の連中がやりそうなことくらいわかってるだろうに」
「遠慮せずに説明してやれ、そこの女にも聞こえるように」
「うーん、サディストなのは勝手だけどもね、僕の趣味じゃない」
「五条先生、この子、どうすんの?」

 銀髪の男は、口角をあげてわらった。軽薄な声で「君が守ってやれ」と言い、わたしの背中を押す。急に前に押し出されて、たたらをふむわたしの肩を、少年が支えてくれる。わたしは感謝の言葉を伝えようとしたが、少年の視線の圧力に負けて、それが音になることはなかった。

「名字名前ちゃん、両面宿儺の想い人、両面宿儺への切り札、もしくは人質、効果あるかわかんないけど!」
「簡単には殺せまい。何百年も、俺のために飼い殺してきたんだろう?」
「と、いうわけで、悠仁がいいかんじで、名前ちゃんの管理よろしく」
「管理? 俺の好きにしていいってこと?」
「んん? おや?」

 掴まれた肩が、軋む音がした。ぎらつく金色の瞳が、すぐ目の前に迫り、止まる。

「性急だな小僧」
「へー、殺されるのはいいけど盗られるのは嫌なのな、お前も」
「おや〜〜〜?」

 銀髪の大男が「本気?」と少年に尋ねる。少年は「マジだよ」と答えた。一言も口を挟めないままでいるわたしに、少年がニッコリと笑顔をみせる。守ってあげるから、と口にするその表情は真剣で、実直で、あまりに不可解だった。

(恋のはじまり、呪いのはじまり)




感想はこちら



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -