エマージェンシーに於いては




 将来の夢を聞かれることは、たぶん平均よりも多かったとおもう。同級生から、先生から、家族から、知らないひとからも、将来何をしたいのかについてたずねられた。わたしはその度に、真摯な答えを出した。歌手になりたい、絵も描きたいし、スポーツにもチャレンジしたい。たくさんのことを経験したい。たくさんの挑戦がしたい。わたしの答えに、みんな満足してくれていた。私自身も満足していた。『意欲的』な自分がすきだった。
 けれど、それは七海家の子どもとして生まれたからだ。

「おきたな、名前」
「……龍水くん」

 訳のわからない暗闇に放りだされて、目が醒めたときにわたしの顔を覗き込んでいたのは、いつも通りに元気いっぱいの兄だった。嫌な予感はこの時点でビンビンに感じていた。すごく嫌な予感がする。この変わり者の兄が、こんなに生き生きとしているのは、わたしにとってとても都合がいいか悪いかのどちらかだ。そして、あの異常事態のあとに都合よく楽しいシチュエーションが待っているとも思えなかった。女の勘は当たる。つまり事態は最悪だった。

「全人類の石化……」
「やりがいがあるだろう?」
「一から……クラフト……素手で……?」

 わたしは意欲的な金持ちのお嬢様だ。ボランティア活動とか、特殊な企業インターンとか、留学とかは大好きだ。いろいろやってきた。それは七海家からの潤沢なバックアップがあってこそだ。わたしだって名誉欲は人並みにあるが、龍水くんみたいな変態じゃない。世界を一から復興するなんて絶対に、ぜっっっっっっっったいにやりたくなかった。

「や、やだ」
「心配するな、お前の席なら龍水財閥にすでに用意してある」
「やだーーー!!!! たすけてフランソワ!!!!」
「貴様がやれば出来る女なのは知ってるぞ、良い機会だ、全力でやれ」

 やれば出来るのは当たり前だ。そういうふうに育てられてきた。完璧に舗装された人生を歩んできたのだこっちは。兄みたいに、自分の道を切り開くような変態行動なんて一切してこなかったんだわたしは!

「……改めていうが、お前のお気に入りの妹の世話する余裕なんてねえぞ」
「はっはー! 必要ないとも! 名前は最前線で動かす!」

 石神千空という偉そうな男から、衣食住の全てを自給自足でやっていると聞き、わたしはその場で失神した。

「あと3秒だけ狸寝入りを許してやる」
「……」
「安心しろ、貴様の役割は頭脳労働だ」
「……ほんとにィ?」
「俺のバックアップをしろ」
「奴隷じゃん!!!!!!!!!!!!!!!!」

 市民権が欲しい……とめそめそするわたしの腕を無理やり引っ張って歩き出す兄に引きずられながら、わたしは完全に世界が復興するまで、どうやって生きていけばいいんだ……と泣いた。働きたくない……親の会社以外で働きたくない……

「え、龍水くんお金発行してるの?」
「当然だろう」
「お小遣いちょうだい、おにいちゃん!」
「貴様にくれてやるのは給与だけだ」
「石になりたい……」


(一生楽して暮らしたい)




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