燻み色褪せ泡となり消える




 「わたしを守って」と好きな女の子に言われたときに、自分が最初に感じたきもちは、今でも俺の中に存在するだろうか。

 電気の灯りが一切失われた暗闇の中で、少女の掌を握る。人の目は暗闇に慣れるものだ。中途半端がいちばんいけない。もともと環境への適応力はひとよりも高い方だったけれど、今の自分の眼には、彼女の輪郭が3700年前よりもはっきりと写っているようにおもえた。

 他人に暴力を振るうのはそんなに難しいことではない。自分のように、恵まれた肉体を持って生まれた男にとっては尚更。
 敵意に歯向かうことは誰にでもできる。これに関して言えば、問題になるのは精神の方だ。確かなものをひとつでも持っているのであれば、全てのひとに反抗は許されている。
 誰かを守ることは、これだけはとても厄介だ。簡単に安請け合いできるものではない。方法は無限にあり、終着点はなく、達成はありえない。好きなひとを守り切ったと言い切ることは不可能だ。世界には悪意が多すぎる。俺の好きなひとはあまりに弱すぎる。

「つかさくん?」
「起こしちゃったかな」

 少女の細い腕に、力が込められる。その微かな力に、たくさんの矛盾した感情が湧き起こる。どうして君はこんなに、どうして君以外の奴っていうのは、どうして俺は、こんなふうに生きていられるんだ? そうした全てを口に出せるほど、俺は子どもでもなかったし、大人でもなかった。

「……寒さのせいか」
「もうそんな季節なんだね」
「名前、そういうことは俺に全部言ってほしいんだ」
「寝る前はそんなさむくなかったから」

 彼女の言葉は真実だろうか? 俺への気遣いか、嘘か、言い訳か。どれだってかまわなかった。ただ、俺がまた、彼女に不自由であることを許してしまったという事実があるだけ。

「そんな顔しないでよ、司くん」
「どんなかおをしてる?」
「……わかんないけど」

 暗闇の中で、彼女の瞳が揺れ動くのがみて取れた。俺の輪郭も捉えられていないことは明らかだった。

「司くん」
「目を閉じて、名前」
「ねえ、もういいよ」
「『もう』じゃない、これからなんだ」

 世界は変わった、よりよい世界になろうとしている。ただ、彼女の弱さだけが、変わることなく在った。

「わたしより、もっと他のことを大事にしなきゃ」
「目を閉じてくれ、名前」

 好きな女の子を守って勇んで、喜べるのなら、それは本物の愛情じゃないだろう。石の世界の中で、自分の中の絶望が、俺を見つめ返していた。

(君が守られることも守られないことも望まないでいられますように)




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