そもそものはじまりとしましては




 これだけが、君にできることだ。そう言われた。わたしは悩むこともなく頷いた。ラッキーだなあ、とすら思っていた。自分の目の前に降ってきた幸運にしがみつくことしか頭になかった。
 そんなわたしを見下ろす五条悟の瞳の冷たさを、今でも覚えている。

「名前」
「はい」
「君には何を求めるつもりもない」

 わたしに背をむけて立ち去る五条悟に、その場で頭を下げたままで見送る。
 大丈夫? という心配そうな声に、頭をあげる。母が、頼りなさげな表情で立っていた。わたしが何も答えられずにいると、母は消え入りそうな声でわたしに謝った。大丈夫? とわたしは母親に訊ねた。母は震えていた。自分にはどうしようもない、と首をふって、何かに絶望している様子だった。
 わたしは父に母を任せ、あてもなくふらふらと五条家の庭を歩きまわる。父もなんだか青ざめていた。きっと、わたしには分からないことで、何か重大な問題が発生しているのだろうとおもう。呪いとか、そういう、人間の力じゃどうしようもないことで。

「死んじゃうのかな」
「僕を何だとおもってんの?」

 五条悟が、たった数歩の距離に、音もなく立っていた。びっくりして肩が跳ねるわたしを見て目を細める男は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「あの」
「なに」
「お願いをしてもいいでしょうか」
「……言うだけいってみたら」

 五条悟という男を、わたしはよく知らない。古風ないろいろが残る自分の家にとって、本家にあたるなんかえらい家の後継で、なんか世界的にもえらい、えらいひと。あと呪いとかそういう関係でもなんかすごい。よくわかんないけど。まあよくわからないけど、たぶん権力者だ。いつも周囲に頭を下げられているお父さんよりも、数段上の権力者で、実力者。

「父と母が、困っているみたいで」
「君の家には十分以上に対価はやった、これ以上を求めるって?」

 難しい話が始まってしまった。こうなるとわたしには何も言えない。わたしは大人しく口を閉じる。ついでに頭も下げておく。

「あのさあ、僕を悪者にして楽しい?」
「すみません」
「その下っ端根性なおせっていってんだけど」

 顎を引きあげられて、男と目が合う。サングラスの奥の整った顔が不機嫌そうに歪んでいる。

「悟さま」
「入籍したあとなら考えてあげてもいいよ」
「えっほんとですか!」

 よろしくお願いします! と頭を下げて、ペコペコしたらダメだったなそういえば、と思い出してすぐに顔を上げたわたしを、五条悟が大きな瞳をさらに大きくして凝視している。

「……ちなみに君の両親の困りごとってなに?」
「存じ上げません!」
「そっか〜君は死ぬほど呑気だねえ」

 やっぱり生き死にがかかった問題なんだろうか、と心配になってしまったわたしに、男は初めて笑顔をみせた。娘を人身御供にやるってなったら正気じゃいられないでしょ、と軽い口調で語る五条悟さんの言葉を噛み砕き、事態を何となく把握して『自分の嫁さんなんだから助けてください』と泣きつくわたしに男は愉快そうにわらった。

(最強とか言われてもちょっとピンときません)




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