失踪宣告前夜/雨生龍之介
仕事帰り、家のドアを開けようと鍵を回す。すかっと空回りした鍵を見て、ため息をはいた。
「龍之介くん、いる〜〜?」
暗いままだったリビングの電気をつけるが、誰もいない。帰っちゃったのだろうか、それなら鍵を閉めていってくれればいいのに。
ジャケットを脱いでハンガーにかける。寝室のドアを開けて中に入ると、暗闇の中から誰かがぶつかってくる。
「いたっ、ちょっなに!?ハグするにももうちょいやり方あるでしょ〜???」
タックルのようなハグを受けて床に転がる。よく耳をすますと、わたしに覆いかぶさった男からぐすぐすと鼻をすする音が聞こえる。
「ええどうしたの、泣いてるの?龍之介くん?なんかあったの?」
「うっひっく、名前ちゃんが、うわきした……」
いやわたし誰とも付き合ってないけど。龍之介くんとも恋人になった記憶はないぞ。恋人にフリーターは却下です。
でもとりあえず落ち着いてほしいので話を合わせる。どうせ会社の人と歩いてるのを見たとかそんなんでしょ。
「きっと勘違いだよ、泣きやんで?明るいところでおはなししよう」
わたしのお腹から顔をあげた龍之介くんの目元は涙で赤くなってしまってる。いつから泣いてたんだろう。
「ホントに?嘘じゃない?」
「嘘なんかつかないよ〜〜」
なんだかお腹周りが冷たい。龍之介くんの涙でしめっちゃったのだろうか。そんなに泣かなくてもいいのに。
「どうして浮気してるなんて思ったの?」
「今日、名前ちゃんのベッドで昼寝してたら、男が入ってきて、」
「え、いやそれ空き巣かなんかじゃないの!!?龍之介くん無事だった!?」
「そいつに泥棒かって聞いたら、名前の恋人で、忘れものとりにきたっていったから……」
うわー、マジで空き巣っているんだな。龍之介くんってばそんなアホな嘘信じて泣いてたのか。
「泥棒で正解だよ〜〜今回ばっかりは龍之介くんいてくれて助かったわ。でも勝手に入るのはいいけど鍵はかけようね」
「うん。そっか、ただの泥棒かあ」
未遂でも警察に電話していいのだろうか。ほっとしたのか龍之介くんの手が緩んだので、立ち上がって寝室の電気をつける。
「え」
「じゃあ、あんなに手間暇かけて殺す必要なかったや、へへ」
部屋は血だらけで、龍之介くんの服も、彼に抱きつかれていた私の服にも茶色っぽい汚れがついている。血だまりの真ん中には、もとの形がわからない、何かが落ちていた。
「う”ぇっ」
急に鉄臭さをかんじる。なんでさっきまで気づかなかったんだろう。龍之介くんが、心配そうに背中をさすってくる。
「名前ちゃん、大丈夫?どうしたの?やっぱり名前ちゃん、アイツと付き合ってたの?くそッ、なんでだよぉ、俺の方が絶対、名前ちゃんのことすきなのに!」
龍之介くんが、また泣きそうな顔でわたしの服の裾をするつかむ。子どもみたいな仕草だが、もう可愛いとは思えそうになかった。彼の手を思わず払いのけて、すぐに龍之介くんの顔をみて後悔した。
「ち、ちが、わたし、びっくりしちゃって」
「びっくりしただけ?ホントに?」
「ち、血とか、にがてで、」
「そっかあ、じゃあ、コレが置いてある部屋じゃねれないよね。俺のうちくる?」
「え、いや、」
「俺たち、恋人だよね?」
細められた龍之介くんの瞳は真っ黒で、光がない。言葉がでないまま、ゆっくりと首を盾にふると、パッと龍之介くんが破顔する。
「名前ちゃんがいつ来ても大丈夫なようにさあ、いろいろ俺も準備してたんだよ!ベッドも大きいのにしたし〜〜、部屋の鍵も新しくしたんだぜ!」
腰を抱かれたまま、家をでる。楽しそうに話し続ける龍之介くんは、いつもより数段テンションが高いのに、逃げだせそうな隙は見当たらなかった。
「り、龍之介くん」
「ん〜〜?」
「こわいことしない……?」
わたしの言葉に笑顔を深めた龍之介くんが、ぐっと顔を近づけてくる。
「俺、恋人には優しいよ?」
ちゅっ、と唇の端にキスが落とされる。びくっと震えるわたしをみて、龍之介くんは一層楽しそうな笑い声をあげた。
(たぶんもう逃げられない)
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