すきもきすもやめてよ
十字目の友だちがいる。え、いや、わたしは落ちこぼれじゃないけども。そういうの、かっこいいかなっておもって。
毒蛾のはなしを聞くのはおもしろい。わたしの知り合いの中で、ダントツで貧乏だからだ。とても壮絶な生活をしている。ここまで飛び抜けていると、自慢にも聞こえないし、彼の貧乏エピソードは楽しくきける。
「魔法つかえないひとは、パートナーとかどうしてるの?」
「つくらない」
「つくれないじゃなくて?」
「つくれない」
たんたんと言葉をかえす毒蛾の声に、怒りのようなみられない。むかし、なんで怒らないのかを聞いたことがあるけれど、怒ってないから、と言っていた。たぶん喜怒哀楽とかないんだとおもう。いつも静かに、わたしの話を聞いて、わたしの質問に答えてくれる。毒蛾は人形みたいな男である。
「狙ってるひとはいないの?」
「俺は彼女に釣り合わない」
「え〜がんばれば?満足いってるのそれで?」
「満足は......どうだろうな......」
この男がこういう反応をするのはとても珍しい。そして、毒蛾本人がそれに気づいてなさそうなのも、とてもとてもめずらしい。わたしの問いに、今この場で考えて、答えを出そうとしている。
「提示できるものはある、が、それをすべきか判断がつかない」
「毒蛾が提示できるものって?」
「まぁ、暴力とか、それに類するものだな」
「魔法使えないのに?暴力?」
「魔法使いを殺すのは苦手じゃない」
みえをはっているようには聞こえなかった。噂レベルだが、十字目には殺しを担当するような魔法使いもいる、と聞いたことがある。立派な魔法使いも殺せるような、そういうやつらが。
毒蛾はそういうことができるのだろうか?もしかすると、わたしは十字目のなかでも、"当たり"の友だちを見つけてしまったのかもしれない。
「そうだな、確かに、できることをやっていなかった」
「おっじゃあ?」
「名前、俺はお前が好きだ」
疑問を口に出すより先に、視界が反転していた。
わたしの手のひらを、固い靴の裏で踏みつけにした毒蛾が、いつもどおりの声をだす。たんたんと、生真面目な声を出しながら、わたしの首にナイフを突きつけていた。
「な、んで」
「十分愛せていなかった」
「どういう、」
「脅迫はまだだったろう」
わたしの魔法じゃあ、ここからどうにもできない。そして、そのことは毒蛾も理解している。
「選択肢はそうだな」
「っやめ」
「俺が名前を殺すか、名前が俺に好きだと言うかだ」
「ころすの?」
ナイフをこちらに向けたまま、毒蛾がマスクを片手で脱ぎ捨てる。ああ、初めて見たけれど、思っていたとおり、人形みたいな顏をしている。
「俺の唾液には毒性がある。キスで殺せる」
わずかに微笑みながら、毒蛾が静かに語る。マスクの下で、いつもこんな表情をしていたのか。こんな目で、わたしを見ていたなんて、知らなかった。
「......死にたくない」
「そうか」
「好きだよ、毒蛾」
名前の言うとおりだった、早くこうしておけばよかった、と目を細める毒蛾が、ナイフを握った手のひらで口元を抑えながら、口角をあげた。
(本当に愛してるのならすべきことがある)
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