望めばきっとつらいだろう




「お前のせいじゃない」

アーサーの手が、わたしの頭をやさしく撫でる。その視線と言葉とが、真っ直ぐにわたしの頭上に落ちてくる。
わたしを抱きしめるアーサーの背後に転がる、バラバラになった陶器の人形が、屋敷の召し使いたちの手によってどこかに運ばれていくのを眺める。あれは量産品ではない。工芸品でもない。芸術品だ。世界にひとつしかないもの。もう今後、二度と同じものは現れないもの。わたしの手で破壊された美しいもの。

「お前のせいじゃないさ」

アーサーは、いつもと同じ言葉を繰り返した。大事な大事なお人形が壊れてしまったのに、アーサーの心には何の傷もついていないように見えた。

「っておい!怪我したのか、名前」
「血も出てないよ」
「怪我は怪我だろ」

わたしの手の甲に引かれた赤い線を、アーサーの指がなぞる。わたしの手のひらを掴むアーサーの表情は、わたしからは見えない。けれど、彼が怒っていることは理解できた。

「アーサー、怒ってる?」
「お前にはおこってない」
「わたしのせいだよ」

わたしが家の中を走って、机にぶつかって、上に飾ってあった人形が落ちて、その破片で怪我したんだよ。わたしのせいだよ。自業自得だよ。ねえ、アーサー、そうでしょ。アーサーは口角をあげて、いつものセリフを繰り返した。お前のせいじゃない、と。

お前のせいじゃない、お前に責任はない、お前の選択と行動は何も生み出さない!

アーサーの取り繕った表情と笑顔が、ゆっくりと歪んでいく。やさしい声が、怒鳴り声に変わっていく。その場でうずくまるアーサーの肩に、自分の手をそえる。彼の名前を呼ぶ。アーサーは顔をあげない。

「全部俺のせいにすればいいだろ」
「アーサー、わたしは」
「お前の意見なんて聞きたくない」

わたしはいつもの言葉をアーサーに言う。わたしはアーサーのことを愛してるよ、と。
アーサーはいつもの言葉をわたしに返した。それを言わせてるのはお前じゃない、と。

「だってさっき、逃げたじゃねえか」
「うん」
「お前は俺から逃げようとした、この家から逃げようとした」

誰のせいにもしたくないことがあった。自分のせいだと認めて欲しいことがあった。
わたしの恋がわたしのものだと、このひとが信じられるように、わたしは一人で生きる権利が欲しかった。

「愛してるんだよ、アーサー」
「ごめんな、名前」


(俺のせいでめちゃくちゃになったことなんてわかってる)




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