注意散漫の愛情




夢を見ていた気がする。何かこわいものから逃げる夢を。
首を横に向けると、暗闇の中、ぼんやりと影がみえる。目を閉じて静かに寝息を立てる杉元くんの輪郭に手を伸ばす。わたしと杉元くんの間にある、ぬいぐるみひとつ分の距離を、なんとはなしにゼロにする。杉元くんからは絶対に詰めてくれない、この少しの距離が、わたしはちょっと寂しくて、ちょっと好きだった。杉元くんが、わたしのことを大事にしている気持ちの大きさが、この距離なのだと、わたしは信じているから。

「……名前?こわい夢でもみたか?」
「わたしは子どもじゃないよ」

こわい夢を見たからって、眠っているひとを揺り起こすほど、わたしは子どもじゃない。でもこわい夢を見ていたのは本当だし、嘘もつきたくなかったから、自分のまぶたを杉元くんの胸に当てて誤魔化す。

「じゃあ寝ぼけてる?」
「起きてるよ」
「うん、そうか」

杉元くんの手が、わたしの後頭部に添えられたのを、その手の暖かさだけでかんじとる。

「誰と勘違いしてんのかは、聞かないぜ」

頭のうしろから、だんだんと下がっていく男の手のひらの熱が、首に、背中に、腰に届く。何かがおかしいと思った。わたしは目の前の男の胸板を叩く。男は何も言わない。さっきまで真っ暗だった視界が、慣れていく。現実が見えてくる。自分の体が、全身の筋肉が緊張でこわばるのがわかる。わたしの頭のすぐ上から、乾いた笑い声が響いた。

「お前は本当に鈍臭いなあ、名前」
「っやだ」
「名前ちゃんって呼んでやろうか?」

片手を腰に当てて、片手はやさしく髪を撫でて、まるで恋人にするみたいに、尾形くんがわたしの名前を呼ぶ。

「憔悴した女ってのは、しあわせなもんだな」
「……尾形くん」
「間違えたんだろ?誰にだってあるよな、はは」

お前みたいな女でも間違えるんだから、俺が間違ってたっておかしくないだろう。
ぎゅ、と尾形くんの手のひらが、わたしの髪の毛を掴み、握り込んだ。


(そんなもんだよ、愛なんてもんは)




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