残像、残照、残屑
わたしは一応呪術師だ。肩書だけの呪術師。「視える」だけで、ろくに祓うことなんてできはしない。わたしができるのは逃げて、叫んで、自分を助けてくれるひとを見つけるだけ。
「名前」
「……傑くん」
無表情の傑くんが、わたしを見下ろしていた。わたしの足の爪先から、顔までをゆっくりと眺めて、もう一度わたしの名前を呼んだ。
「名前は、自分が逃げるのが下手な自覚はあるよね」
「……うん」
「責めてるわけじゃないんだ、怒ってるわけでもない」
傑くんが、その場で膝を曲げてしゃがみ込む。かすかな笑みを顔にうかべて、やさしい声で、わたしの喉を撫でた。
「喉は無事だね」
「うん」
「じゃあなんで、私のことを呼ばなかった?」
わたしの喉は少しだけ特別だ。遠くの仲間にも声が届く。そして、自分に悪意がある生き物の耳には届かない。そのはずだった。
「わたし、呼んだよ、たすけてって」
傑くんの指が、わたしの喉仏の上で止まる。静かな時間が流れる。わたしはいろいろなことを思い出していた。高専のころの傑くんとの思い出を、順番に思い出していた。わたしが「たすけて」って言ったときに、いつも一番最初に来てくれた傑くんのやさしさを思い出していた。
「わたしは何もできないのに、呪術師っていえるのかな」
「私の名前を呼べるだろう」
「でも、聞こえなかったんでしょ」
「……誰のことを呼んだ?」
わたしはいつだって、わたしのことを助けてくれるひとの名前を呼ぶ。助けて、と泣いて、つよい人間の足を引っ張って、寄生する。それはたぶん、傑くんが大嫌いな猿よりもたちが悪い生き方だ。
「名前、悟は来ないよ」
傑くんが、わたしの足に触れる。呪力が込められた札が、何枚も何枚も、重ねられているのを見て、わたしは昔のことを思い出していた。肉体強化もろくにできないわたしは、走って逃げるのもできないし、重たい扉は開けられないし、高い柵は超えられないし、隠れていても本物の強者には音ですぐにバレてしまう。そんなこと、傑くんも知っているはずなのになあ。
(君を助けるのは自分だけでありたい)
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