してんの〜と出会うはなし




 今日から入学するこの高校は、それなりの倍率と偏差値とが存在する、一般的な言葉を借りるのなら進学校だ。俗な言葉を借りるのであれば金持ち御用達校。わたしの実家は一般家庭なので、まあそこそこの受験勉強をしてきた結果、こうして可愛い制服を着ることを許されている。だから、なんというか、この学校にはこういう人種は存在しないのかと勝手におもっていた。

「なに見てんだ殺すぞ」
「すっいません」
「‥‥‥おい待て」

 暴力現場に遭遇してしまった。綺麗な校舎にわくわくしたからって、冒険なんてするものじゃあない。冒険というのはいつだって危険もセットでついてくるものなのだ。手の甲を相手の血で汚した青年は、一度こちらを威嚇したあと、なぜか気が変わったのか、こちらに近づいてきた。極度の緊張で棒立ちになる私の名札を確認し、クラス名をつぶやく。もしかして目をつけられた、というか所属がバレたよ!? 今時こういう個人情報が満載の名札とかどうかと思うんですけど!

「めっんどくせえな、死ねよ」
「ごめんなさ、」
「あ〜フリッピーがナンパしてる」
「死ね!」

 青年が綺麗な投球フォームで手に持った何かを豪速で後ろに投げつけ、それを見事にキャッチしたのは有名人だった。

「なにこれくれるの? 名札?」
「そいつら全員退学にさせとけ」
「いーけど」

 いいんですか? いやそのくらいは余裕でできることは知っているけど、知っているからこそ、マジで実行するんだろうなということが理解できて怖い。うちの学校の治外法権、なぜか1年生にして生徒会長に就任したランピーさん(クソ金持ち)が興味深げに私の顔を覗き込んでくる。

「この子も?」
「当たり前だろ」

 恐ろしい会話が目の前で繰り広げられている。退学になるのか? こんなことで? 何かを言うべきなのかもしれないが、ランピーさんには何も意見するべきではないと教わっている。金持ちのルールがわからない。どっちが正解なんだ? そうこうしている間に、話は終わったとばかりに青年の方が立ち去ってしまう。

「頭痛え、帰る」
「ナンパはいいの?」
「殺すぞ」
「えいっ」

 ランピーさんが青年の頭を唐突にグーで殴る。思考回路が読めなさすぎて怖い。こういう人間が権力を持っているという事実に震える。青年を雑な担ぎ方をしたランピーさんが、笑顔で片手をあげた。

「じゃあ、ばいばい」
「あ、はい、さようなら」

 その日、家に帰ってからも、学校から退学の指示とかが来ないか、恐ろしくて眠れなかった。この学校、というかランピーさんの同級生の転校割合の高さは一部で有名だ。ランピーさんに許しを乞いにいくべきか、担任の先生に相談すべきだろうか?
 次の日、教室に入ると見覚えのある緑髪をみつけてしまって卒倒するかとおもった。く、クラス確認してたのってそういう‥‥あ、しかも席が最後列だ。この学校において席はうしろであればあるほど偉いというローカルルールが存在する。つまりおぼっちゃんヤンキーだ。漫画の中にだけ存在しててくれ。
 私が彼を見ていることが分かったのか、クラスメイトがさりげなく私のそばから離れていく。あーそういう人なんだ? そういう人種なのね? 半分泣きかけている私の存在に、青年の方も気づいたようだ。険しい表情で大股で近づいてくる青年は同級生と思えないくらい体格がいい。

「昨日のことなんだけど」
「っはい」
「ごめんね、本当に、なんて謝ったらいいか」

 こわかったよね、と眉を下げる青年は昨日とは別人みたいだ。私が混乱していることを察してくれたのか、自分は興奮すると少しばかり暴力的になることがあり、深く反省している、とゆっくりと説明してくれる青年、フリッピーさんは深く頭を下げた。

「あのじゃあ、学校はやめなくても?」
「もちろんだよ、辞めるのならぼくの方だ」
「そ、そこまでしていただかなくても大丈夫です!」

 フリッピーさんの表情があまりに真剣だったので、おもわず大きな声がでてしまう。そこでようやく、周囲が静まり返っていることに気づいた。いつの間にかランピーさんが教室の入り口に立っている。

「そーだよ、フリッピーいなくなったらおれがさみしいじゃん」
「ランピー、あんまりアイツの無茶を聞くのはよしてくれよ」
「その子の名前忘れちゃったから確認しにきたんだけど、友だちになったの?」
「そう、ぼくの友だちだから、退学にしたらダメだからね」
「じゃあおれの友だちもしようよ! 友だちになろ!」
「えっあっはい」

 差し出された手のひらを勢いだけで握った私に、ランピーさんはキラキラと瞳を輝かせ、フリッピーさんはエッ、という顔をしていた。なんならクラスメイト全員が驚いている。‥‥‥私なんかやっちゃいました?

「友だちできたってモールに報告してくる!」
「‥‥‥ご、ごめんね、名前ちゃん、とんでもないことをしてしまって‥‥‥」
「せ、説明してもらえますか?」
「僕がしよう! 先生、二人をお借りしても?」

 担任の先生が、突然現れたイケメンさんの言うことに理由も聞かずに頷く。先生とクラスメイトの無言の圧力に押し出されて、教室から追い出された私は半泣きだった。比喩とかじゃなくて、目から涙がこぼれる直前だった。

「名字さん、疫病神を人生に招き入れる用意はあるかい?」
「アッなかせた」
「うわ〜! ごめんね! 怖い言い方しちゃったね! お茶飲む? お菓子もあるよ?」

 イケメンさんの言葉をきっかけにグズグズと泣き始めた私は、訳も分からないままに立派な部屋に通されて、同じくらいの年齢の男の子二人に全力で慰められていた。頭と背中を十分も撫でられていれば、だんだんと混乱より恥ずかしさが勝ってくる。もう大丈夫です、と表情を作り直した私に、それでもイケメンさんは幼い子どもに対してするような柔らかいしゃべりかたを続けてくれる。

「まあようは、ランピーは友だちが少ないんだ」
「はあ」
「悪いやつじゃないんだけど、根がクソだから、どうしてもね」

 根がクソって初めて聞く表現なんですが。友人をいじめて遊ぶような加虐趣味でもあるのかとおもったけれど、友だちのことは大好きらしい。なら大丈夫じゃないんですか? と疑問を口にする私に、気まずげな顔をする二人が揃って、悪意はそんなにないんだ、本当に、と言い訳のようなものを重ねる。彼らがランピーさんを擁護すればするほど、不安が大きくなる。

「おやおや、男二人が集まって陰口ですか」
「君は嫌味以外口にできないのかい」
「事実の指摘はお嫌いでしたか、矜持が高すぎるのも大変ですね」
「名前ちゃん、こいつモール! いいやつだよ!」
「よ、よろしくおねがいします」
「これはご丁寧に。モールともうします」

 素敵な友人ができてよかったですね、ランピー、と微笑む男性の固い手のひらをにぎると、後ろから不機嫌そうな声があがった。

「世界で最悪の友人が一日に二人もできるなんて、君も災難だね」
「ランピーはまだしも、フリッピーにそういう言い方をするのは失礼に当たると思いますよ」
「当然、君とランピーでツートップだ。フリッピーくんは五番目くらいだと思うよ」

 こおった空気が流れる会話をする二人を置いて、言いたい放題いわれているフリッピーさんとランピーさんが、のんきにディドくんは何番目だどうだと番付をしている。二つのペアを見比べて、とりあえず平和そうな二人の方に、こそっと話しかける。

「いいんですか?」
「なにが?」
「あの、いろいろいわれてますけど」
「んー?」

 ふたりともあんまりピンときていないようだ。藪蛇だったかもしれない。悪口は受け手が気付かなければ悪口じゃないのだから。

「あれ、おれがいちばんじゃない? じゃあ何番? 何番目?」
「ええ? ランピーが一番でしょ? 他に誰? ヒーロー?」
「いやその」

 なんで自分たちが最悪から数えてランクインすることを積極的に受け入れているのだろうか? 気づけば喧嘩をしていた二人も興味深げに聞きにきている。この中から最悪を選ぶみたいな流れになっているの、おかしくない? この四人、友だちじゃないのか実は?

「みんな、いい友だちだと思いま、す?」
「ほんとに!?」
「いや、お世辞だよきっと」
「本当に、あの、まだ出会ったばっかですし、」
「なるほど、今後の対応で最悪が決まる訳か」
「え? あの」
「賭けましょうか」
「なに賭けようかなあ」

 わいわいと、無駄に本格的な証明書の作成を始めた四人をみつめることしかできない。結局仲良いの? 悪いの?
 教室に戻ると知らない内に席替えが行われていて、無事に私の席も最後列になっていた。わあい大物デビューだあ。周囲がとてもよそよそしいなあ!


裏設定
鈍感:言わずと知れたクソ金持ち
英雄:過去にうっかりで人を殺してる
軍人:二重人格で前科がやばい
盲目:現役でスパイ活動してる(犯罪!)




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