妖精になってから出直して




「お前はどうしてそんなに弱いのだろうな」

椅子に深く腰掛けたマレウス様が、目を伏せたままで、独り言のようにつぶやく。数メートルの距離があって、視線が向けられずにいて、今までの彼の親切と優しさを覚えていてなお、わたしはこのひとの存在が怖かった。

「お前が僕を怖がるのはゆるそう、名前」

名前を呼ばれて、自然と体に力が入る。強く握った自分の拳が、惨めに震えているのがわかる。現実感のないこの世界で、それでも確かに感じる、自分よりも遥かに大きな力の存在に、自分の死の可能性に、わたしは疲れ果ててしまっていた。家に帰りたかった。それか、消えてなくなってしまいたかった。終わりにしたかった。

「ただ生きることにも耐えられないか」
「……はい」
「ああ名前、それは許せないんだ」

マレウス様の瞳が、持ち上がる。明るく輝く瞳孔が、わたしの姿を捉えた。もうこうなってしまえば、わたしは息もできない。しゃべることも、動くこともできない、ただの彫像になってしまう。そんな時間が続くたび、わたしの中にある「終わり」への恐怖が薄れていくのがわかる。

「ふふ、凡庸で、不格好で、矮小で、それでも可愛いお前」

時間はいくらでもある、マレウス様はそう言い残して、巨大な部屋を、振り向くことなく出て行った。
ぼんやりとした頭で、マレウス様の言葉の意味について考える。時間はいくらでもある。わたしの弱者としての生存本能が、妖精の王様を怖がらなくなるときが、そのうちくるだろう。でもきっと、それよりも早く、わたしは死への恐怖を克服する。
部屋の壁までなんとなく歩いていき、わたしの身長の数倍もありそうな高さのある窓を押すと、音もなく開いた。風が吹く。強い風が、ここが高所だと教えてくれている。それは、素晴らしい吉報のように思えた。

目を開けると、マレウス様の寝室のベッドの上だった。ベッドから離れた位置にある椅子に座るマレウス様が、こちらに目を向けることなく、静かな声を出す。

「痛みへの恐怖は克服したようだな」
「わかりません」
「お前も長く生きれば、世界の全てに鈍くなるだろうよ」

恐怖心なんてものは、短命種に特有の病気だと、マレウス様は語る。わたしは人間という病気を治さなくてはいけない、と。

「そのときが来たら、わたしはどうなるんですか」
「僕を愛するようになるだろう」
「それは素敵ですね」
「ああ」


(執着心は長命種の病気)




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